著者
田崎 和幸 野中 信宏 山田 玄太 坂本 竜弥 油井 栄樹 山中 健生 貝田 英二 宮崎 洋一
出版者
九州理学療法士・作業療法士合同学会
雑誌
九州理学療法士・作業療法士合同学会誌 第30回九州理学療法士・作業療法士合同学会 (ISSN:09152032)
巻号頁・発行日
pp.125, 2008 (Released:2008-12-01)

【はじめに】 手における高圧注入損傷は、高圧で噴射される液体を誤って手内に注入して起こる外傷で、とりわけペンキのスプレーガンによることが多い。受傷創は小さなことが多く、外傷の程度は軽く見られがちであるが、手内に注入された液体により主要血管の損傷・圧迫、感染、炎症が発生するため早急な外科的処置が必要であり、それが遅れると壊死や高度の感染・炎症を起こし、手の重篤な機能障害を残してしまう。今回ホースの穴から高圧に噴射した油により受傷し、適確で早急な外科的手術の結果壊死は免れたが、術後に高度な炎症症状を呈した症例のセラピィを経験したので報告する。【症例】 49歳男性。仕事中誤って左示指MP関節掌側より油を注入して受傷し、同日異物除去・病巣廓清術が行われた。手術ではまず示指近位指節間皮線部から母指球皮線近位まで切開して展開した。母指内転筋筋膜、A1pulley等を切開したが、油は極僅かしか存在しなかった。次に示指MP関節背側から前腕遠位部まで切開して展開した。背側には多量の油が皮下、伸筋支帯間・下、骨間筋筋膜下、腱間等至る所に瀰漫性に存在しており、骨間筋筋膜、第3伸筋支帯等に切開を追加し、可及的に油の排出に努めたが、すべて除去することは不可能であった。掌側創は粗に縫合、背側は開放創としてbulky dressingを行い手術終了した。【術後セラピィ】 手術翌日は高度な炎症症状を呈しており、術後3日間は患手を徹底挙上させ、1時間に1セット、1セット10回の母指・手指自動内外転運動と露出しているIP関節の自動運動を行わせた。術後4日目にbulky dressingが除去されたため、安全肢位での静的スプリントを作製し、運動時以外装着させた。また、1日2回の間歇的空気圧迫装置、徒手的な手関節他動運動、手指MP関節屈曲・PIP関節伸展他動運動、母指外転他動運動、骨間筋の伸張運動を追加した。術後2週目に示指屈曲用の動的スプリントを作製し、1日5回、1回20分間装着させた。術後3週より徐々に炎症症状が低下してきたため、積極的な可動域訓練と筋力強化を行った。【結果】 術後2ヶ月の時点で僅かな手関節掌屈制限が残存したものの、その他の可動域は良好で握力右40kg左24kg、指腹摘み右8kg左6kg、側腹摘み右9kg左9kgであった。術後2.5ヶ月で現職復帰した。なお、掌側創は術後1ヶ月、背側創は術後2ヶ月で自然治癒した。【考察】 高圧注入損傷例の予後は、迅速な観血的治療により左右されるが、たとえそれが行われていても、術後に高度な炎症症状が必発する。そのため術後セラピィにおいては、炎症症状を助長させないよう十分に注意しながら、拘縮の予防・改善を行わなければならない。また、開放創となっているためかなりの運動時痛を伴う。本症例は手術所見より母指内転拘縮、母指・手指屈筋腱群の癒着、伸筋腱群の癒着、骨間筋の拘縮、さらに高度な腫脹による不良肢位での拘縮が予測されたため、腫脹・熱感・夜間痛をパラメーターとしてセラピィを進め、スプリント療法を併用した結果、良好な患手の機能が獲得できた。