著者
山田 美砂子 鈴木 敏子
出版者
日本家庭科教育学会
雑誌
日本家庭科教育学会大会・例会・セミナー研究発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.54, pp.13, 2011

【研究の目的】 2009年改訂の高等学校学習指導要領では、必修家庭科に「共生社会と福祉」という項目が設けられた。家庭科において家族や地域社会などで、多様な人たちが共に助け合って生きていくという「人と人との関係性」がより強調されるようになったと思われる。本研究対象の高校生はその成長過程で、生活上の困難さや孤立感を味わいながら成長してきている。障害者としての彼らは「共生社会や福祉」という言葉を、「健常者とは違う自分たち」が健常者と言われる人たちから支援を受けるという面から受け止めてきた。多様な人たちが共に支え合う「共生社会」とはどのような社会か。「福祉」といわれる用語の中に込められた本来の意味は何か。支援を受け続けてきた当事者からの視点で、生徒と共に「共生社会や福祉」の意味を見直したい。題材として「子どもを生み育てる」授業の中で、「児童虐待」「赤ちゃんポスト」に関する報道を取り上げ、彼らと共にその意味を考える授業を構築することを目的とする。<BR>【研究方法】 授業実践校では必修家庭科は「家庭基礎」を各学年1単位ずつの計3単位行っている。現在、改訂学習指導要領の「共生社会と福祉」の視点から各学年のカリキュラムを作りつつある。本報告は2010年度の3年生(12名)の後半に行った「『子どもを生み育てる』ことの意義を考える授業」である。<BR>・題材として「児童虐待」と「赤ちゃんポスト」に関する以下の3点の報道を取り上げた。(1)児童相談所の児童虐待相談対応件数の推移(厚生労働省発表)の新聞報道(朝日新聞2010年7月28日)、(2)2010年7月末に発覚した「大阪の2児放置死事件」報道(朝日新聞2010年8月22日)、(3)熊本の慈恵病院の「赤ちゃんポスト」の番組「アレ今どうなった?」(NHK2009年6月1日深夜)<BR>・新聞記事やテレビ番組のビデオを見ながら自由に討論させ、出された意見を記録し論点をまとめていく。「赤ちゃんポスト」についての授業では、Y国立大学生10名が参加し意見を交換した。<BR>【研究の結果】 (1)の虐待相談対応件数の推移では、望まない妊娠や育児放棄など、親となることに責任を持てない大人達を批判する意見が多く出された。(2)の「大阪での2児放置死事件」の報道に対しては、初めは母親としての無責任さを痛烈に批判する意見が出されたが、一面的な批判に終わらせないために論点を次の3つに絞り話し合わせた。1.若くして子どもを生むことについて、2.母親だから責任を持てということについて、3.離婚し育児は母親一人が背負うことについて、である。ポイントを整理することによって、母親の状況を考える視点が出てきた。3の離婚することによる母親の負担に関しては、多様な家庭背景を持つ生徒たちから様々な意見が出された。(3)の「赤ちゃんポスト」についてのまとめの授業では、聾高校生と大学生に「設置に賛成か反対か」を敢えて決めさせ、意見を発表させた。聾高校生は賛成・反対が全く半数ずつに分かれたが、大学生は賛成:反対が9:1であった。賛成者の意見は、設置によって子どもの命が救われるからということであったが、聾高校生の反対の意見は親に捨てられてしまう子どもの気持ちが考えられていないと言うものであった。これまで設置の賛否が論じられるとき、子どもからの視点、特に「困難な子育て」状況に置かれてきた当事者の視点から考えられることは少なかった。困難な成長過程を経験してきた生徒達の発言にはその視点があった。この授業を経て障害者として感じてきた18年間の思いを「自分史」という形で綴らせた。一般社会の中で共に歩むことへの疑問を感じながら、生徒達は障害者も含めた多様な人たちが共に支え合う「共生社会」への構想を描きつつある。さらに実践を重ね生徒と共に目指すべき「共生社会」の意味を探っていきたい。