著者
岡崎 康浩
出版者
日本印度学仏教学会
雑誌
印度學佛教學研究 (ISSN:00194344)
巻号頁・発行日
vol.54, no.3, pp.1133-1138, 2006

本論は, アヴィータ論のシャスティタントラからウッドヨータカラにいたる展開を因の三相の観点から論じ, ウッドヨータカラのこの論に対する貢献を明らかにしようとしたものである. シャスティタントラのアヴィータ論は, 夙にフラウワルナーによって再構成されたが, 彼の再構成は, その論証式, 論証形式という点でいくつか不足している点がある. その不足部分を補って再考した場合, アヴィータの論証は五肢作法の理由・例示・適用・結論に残余法を加えたような論証形態になっており, これを後の三相説から見ると残余法の部分が余計であるように思われる. ディグナーガは残余法を除き三肢作法の理由が帰謬形式になっているものをアヴィータとして提示したが, 因の第1相と抵触するとした. これに対し, ウッドヨータカラは否定的属性も主題の属性になりうることを主張し帰謬的性格を保持したまま因の三相説の枠組みに組み入れたのである.
著者
岡崎 康浩
出版者
日本印度学仏教学会
雑誌
印度學佛教學研究 (ISSN:00194344)
巻号頁・発行日
vol.54, no.3, pp.1133-1138, 2006-03-25

本論は,アヴィータ論のシャスティタントラからウッドヨータカラにいたる展開を因の三相の観点から論じ,ウッドヨータカラのこの論に対する貢献を明らかにしようとしたものである.シャスティタントラのアヴィータ論は,夙にフラウワルナーによって再構成されたが,彼の再構成は,その論証式,論証形式という点でいくつか不足している点がある.その不足部分を補って再考した場合,アヴィータの論証は五肢作法の理由・例示・適用・結論に残余法を加えたような論証形態になっており,これを後の三相説から見ると残余法の部分が余計であるように思われる.ディグナーガは残余法を除き三肢作法の理由が帰謬形式になっているものをアヴィータとして提示したが,因の第1相と抵触するとした.これに対し,ウッドヨータカラは否定的属性も主題の属性になりうることを主張し帰謬的性格を保持したまま因の三相説の枠組みに組み入れたのである.