著者
岡本 茉莉 大住 倫弘 森岡 周
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.41 Suppl. No.2 (第49回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.0220, 2014 (Released:2014-05-09)

【はじめに・目的】理学療法およびその教育を成功に導くためには,対象者間での信頼関係の構築が重要である。この信頼関係には非言語コミュニケーションが重要と報告されている(Scharlemann 2001)。一方,表情と言語に矛盾が生じた場合,信頼を失うことが報告されている(大薗2010)。このような言語と表情に矛盾が生じた場合の脳活動の変化について未だ明らかにされていない。そこで本研究は,言語と表情に矛盾が生じた時の他者信頼度ならびに脳活動変化を明らかにすることを目的とした。【方法】対象は健常大学生14名(21.7±0.8歳)とした。課題には8名の大学生(男性4名,女性4名)の笑顔(以下,笑),嫌悪(以下,嫌)の表情の写真を使用した。言語については,50種類の文章からVAS(Visual Analogue Scale)にて正,負が上位の各2つを予備実験から選択し使用した。具体的には「火事から子供を救う」「友人との約束を守る」を正,「友人を車でひき殺す」「友人をいじめる」を負とした。一試行は[言語:正/負]×[表情:笑/嫌]を組み合わせ,4種類の呈示画像を作成し,ランダムに計80回PCディスプレイ上に呈示した。先に言語のみ5秒間,その後言語と写真を同時に2秒間呈示した。信頼度指標には寄付行為における意思決定項目を設定した。これは手元に1万円あると仮定し,呈示された写真の人物が金銭的に困っている場合,いくら提供できるか回答させる課題である(以下,提供額)。また,事後質問紙として呈示された者の印象を快・不快,信頼度をVASにて被験者に回答させた。脳活動測定には脳波計(Biosemi社)を用いた。写真提示後から170~240ms間に出現する波形成分を加算平均し事象関連電位を得た。この事象関連電位データを用いた三次元画像表示法(LORETA)解析により賦活領域の同定を行った。VAS(快・不快,信頼度)および提供額の分析には,一元配置分散分析,多重比較試験(Tukey)を用いた。快・不快-信頼度,信頼度-提供額の相関は,ピアソン相関係数を用いて解析した。いずれも有意水準は5%とした。【倫理的配慮,説明と同意】本研究は本学研究倫理委員会の許可を得たうえで実施した。全対象者に実施前に本研究の趣旨と目的を十分説明し同意を得た。【結果】VASの結果において,快・不快,信頼度のどちらにおいても,[正×笑]に比べ,その他の組み合わせで有意な低値を示した。また全てにおいて快・不快と信頼度の間に有意な正の相関がみられた。提供額の結果は,[正×笑]に比べ,言語と表情が不一致のものが有意に低値を示した。また信頼度と提供額において,[正×笑]のみ有意な正の相関がみられた。脳活動の結果では,[負×嫌]と比較し,[負×笑]と[正×嫌]において前頭前野,頭頂葉の有意な賦活がみられた。また,[正×笑]に対し,[負×笑]で前頭前野に有意な賦活を認めた。矛盾条件同士においては,[正×嫌]に対して[負×笑]では左内側前頭前野の有意な賦活を認めた。【考察】言語と表情に矛盾がある場合,頭頂葉の有意な活動がみられた。これは頭頂葉が感覚情報の不一致に対して働くという報告や,メンタライジング機能に関与するという報告から,言語と表情の不一致情報に対する活動,他者の心を読み取るネットワークとして働いた結果と考えられた。[負×笑]は快・不快,信頼度,提供額で最も低値を示し,脳活動においても前頭前野に有意な活動を認めた。[負×笑]は,言語が負にも関わらず表情が正のため矛盾が生じる。したがって,「反省」の意思がないと判断し,それに対して道徳的判断に関わる内側前頭前野の活動がみられたと考えられた。言語と表情に矛盾がある[正×嫌]と[負×笑]について,どちらも快・不快,信頼度,提供額の全項目で低値を示したが,[負×笑]は[正×嫌]よりも低値を示す結果となった。また,[正×嫌]に比べ[負×笑]では左内側前頭前野に有意な活動を認めた。以上の結果から,[負×笑]は[正×嫌]と異なり,同じ矛盾であっても負の言語後に正の表情が付与される特徴をもった脳活動と考えられる。左内側前頭前野は負に思考すると賦活するとの見解から,[負×笑]における不快感を示す脳活動と考える。【理学療法における意義】本研究では,相手から表出される言語と表情の矛盾が引き起こす心理的変化および脳活動の変化を明らかにした。これは理学療法やその教育を実践する中でのコミュニケーションのあり方を示唆するものである。