著者
岩井 正明
出版者
口腔病学会
雑誌
口腔病学会雑誌 (ISSN:03009149)
巻号頁・発行日
vol.36, no.4, pp.299-319, 1969 (Released:2010-10-08)
参考文献数
10

歯の硬組織とくにエナメル質が人体組織の中で最も硬い組織であることはすでに周知のことであるが, その微細構造と硬さの関係についてはまだ充分明かでない問題が多い。本研究は最新の超微小硬度計であるハネマン式微小硬度計を使用して, 歯の硬組織の微細構造と硬さの関係をしらべたものである。本実験では, 新鮮な健態抜去歯約200例について, その肉厚切片標本をつくり, その標本の微細構造を顕微鏡下に直視しながらビッカース・ダイヤモンド圧子を圧接して, その構造部分の硬さ (VHN) を測定する方法を採用した。その場合, ダイヤモンド圧子への負荷々重が小さい (59) ので圧痕も小さく (約6μ程度) , したがって従来は測定できなかったエナメル叢自体の硬さの測定も可能であった。実験の結果, 次のような知見が得られた。1) 人の歯のエナメル質の硬さ値 (VHN) は, 200~307, エナメル叢の硬さ値 (VHN) 80~180, 象牙質の硬さ値 (VHN) 43~68であった。これらの硬さ値に差異があるのは歯質の石灰化度に差があるためであり, 同一歯牙のエナメル質でも部位によって硬さの差があった。例えば唇側より舌側が, 近心側より遠心側が硬い値を示す例が多かった。これは桐野のいう同一組織でも低石灰化帯と過石灰化帯があることを硬さの面からも実証したことになる。なおレチウス条の構造上からくる切断面の硬さの差異も明かにすることができた。従来, 不明であったエナメル叢自体の硬さを測定した結果, 他のエナメル質より軟かく, ここが低石灰化部分であるという説を裏付けた。歯質の硬さと個人差, 性別差, 歯種差との関係では特性的な有意差は認められなかった。しかし歯質の硬さと年齢差の関係では注目すべき現象が見出された。はじめ低年齢では増齢とともに硬さが高くなるが, 図12, 13, 14で示したように, エナメル質では30歳台, エナメル叢では40歳台, 象牙質では50歳台で一度硬さが減じ, 再び増齢とともに硬さが高くなる傾向が見られた。この現象が人体の代謝と関連があるかどうかはまだ明かでないが, 極めて興味深い問題である。