著者
岩瀬 由佳
出版者
東洋大学社会学部
雑誌
東洋大学社会学部紀要 = The Bulletin of Faculty of Sociology,Toyo University (ISSN:04959892)
巻号頁・発行日
vol.56, no.1, pp.41-51, 2018-12

本稿では、旧イギリス植民地、トリニダード=トバゴ出身のアフリカ系カリビアン作家、Elizabeth Nunez による自叙伝、『普段使いではなく』(Not for Everyday Use 2014)に着目し、彼女の自伝的作品に内在する文学的カウンターアプローチの戦略的手法を読み解いた。 はじめにLisa Brown の「カリブ海地域の文学において自伝形式の作品が非常に重要な働きを担い、カリブ海地域出身の作家たちが自伝という文学様式を通じて自己表現を行ってきた」という指摘から論を発し、Michelene Adams やDrucilla Cornell らの論を援用しながら、特に、長らく植民地主義と家父長制に抑圧されてきたカリブ海地域出身の女性らにとって、自伝という表現形式がいかに自らのエンパワーメントを主張する上で有効な手段であり得てきたのかについて論じた。 次に、「ある程度、すべての小説はカモフラージュされた自伝である」と述べるElizabeth Nunez作品における「家族」、特に「母親」との関係性について、Amy Reyes らとのNunez 自身のインタビュー記事をもとに、自叙伝を執筆するに至る経緯、また本作と彼女の自伝的小説との差異、また作家のプライバシー問題等に関しても論を展開した。 最後に、劇的な社会的地位上昇を遂げたNunez 家のファミリーヒストリーをたどりながら、そこから表出されるイギリス植民地における「カラーカースト」と階級意識の問題、女性の社会的抑圧、教育と社会的地位の相関性、さらにはNunez 自身がアメリカで体験した人種差別と移民が直面する現実など、個人的で内的な語りであるはずの自伝という表現形式が、公共的かつ共感性をもって読者に投影され、触発的な相互関係を生み出しえる可能性を提示した。