著者
岩野 茂道
出版者
鹿児島国際大学
雑誌
地域経済政策研究 (ISSN:13458795)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.1-16, 2005-03-31

私の旧著『ドル本位制』(1977)の構想は,アメリカ国際収支赤字をめぐる1960年代末当時の基軸通貨ドルをめぐる国際論争(国際流動性論争),いわゆる「Minority View versus Majority View」に触発されたものであった(拙稿初出論文は1971年)。あれから30年余を経過し,資本収支の比重が激増しその内容も複雑になった。赤字の焦点も[経常収支]に移りこそすれ,アメリカ国際収支赤字持続の構造は変わっていない。途中ニクソンショック(金・ドル交換停止)すなわち固定相場制度(ブレトンウッヅ体制)から変動相場制への移行を経由しているので,結果のみから断定するのは短絡のそしりはまぬかれないが,論争の行方は少数派に味方したということが出来よう。アメリカ経常収支赤字は途中一時黒字に転換したものの爾来今日まで20余年にわたって続くその赤字幅も危機ラインとされていたGNP比5%をはるかに超えてしまっている。しかしアメリカ経済はこの30年間大小の景気波動はあったものの,またユーロという欧州共同通貨誕生をみたとはいえ,ドルの基軸通貨機能は揺るぎそうにない。他方,日本の経常収支黒字はアメリカ経常収支赤字の対極の姿を一層強めてその傾向を変える気配は見られない。貯蓄・投資バランスがアメリカを中心にグローバル化した80年代以降,国毎の貯蓄率の格差(金利差)と企業の収益力格差,さらには景気循環のばらつき(ないしはインフレとデフレの交錯)の間隙を縫った国際資本移動が,30余年前(固定相場制時代)には生きていた基軸通貨国の国際収支問題の存在を失くしてしまったからである。このため,世界の余剰貯蓄を吸収して成長を続ける過少貯蓄国アメリカと反対に,高貯蓄率国日本はバブル崩壊後の深刻なデフレのため未だに有利な投資先を国内に見つけ出せず,対外投資(資本輸出)と商品輸出(経常収支黒字)でもってバランスをとらざるを得ず,記録的な財政赤字を以ってしても経常黒字・円高・デフレの悪循環というトラップに絡まれてから久しい。一体,日米金利の格差はどこから来るのであろうか。何故経常黒字国の日本の金利が名目ゼロから抜け出せないのか。 20年余も経常赤字を続けるだけでなく,その赤字規模をGDP比6%近くまで拡大しているアメリカが何故高金利のもと安定した経済成長を続けうるのか。30余年前「流動性のジレンマ」をめぐる「ドル本位制」論争は独り欧米の問題ではなく,今や形を変えてわれわれに追っている。日本が直面している厳しい状況も以上の課題に答えることなくしては袋小路から抜け出せないだろう。同時にそれは日本だけでなく,ユーロという共通通貨を創出し歴史に挑戦しているEU諸国,とりわけかつての準基軸通貨マルクを大胆(軽率?)に捨て切ったドイツが抱える難題でもあるはずである。本稿はニクソンショック前後のアメリカ国際収支赤字をめぐる論争の背景とそれから30年後(2005年)の同じ赤字構造の類似性と新しく発生した諸条件からくる差異性を整理する作業のための試論である。この仕事から,私の旧著の立論は基本的には検証されるとしても,いくつかの誤りや不鮮明な箇所を明らかにし,その訂正と修正の作業でもある。