著者
川﨑 一洋(一洸)
出版者
智山勧学会
雑誌
智山学報 (ISSN:02865661)
巻号頁・発行日
vol.65, pp.0249-0262, 2016 (Released:2019-02-22)
参考文献数
46

纔発心転法輪菩薩(Sahacittotpādadharmacakrapravartin / Sahacittotpāditadharmacakrapravartin)は、『理趣経』系の八大菩薩(金剛手・観自在・虚空蔵・金剛拳・文殊・纔発心転法輪・虚空庫・摧一切魔)のうちの一尊であり、『理趣経』や『真実摂経』(『初会金剛頂経』)に登場する。その名は、「心(思い)が起こるや否や法輪を転ずる者」を意味する。この菩薩の漢訳尊名は訳者や経典によって区々であり、密教経軌においてはしばしば金剛輪菩薩とも呼ばれるが、本稿では一貫して、「転法輪菩薩」という略称を用いることにしたい。 転法輪菩薩の、密教以前の大乗経典における尊格史については、すでに谷川泰教氏による詳細な研究がある1)。『ラリタヴィスタラ』に語られる仏伝では、成道の後に説法を躊躇する釈尊に対し、まず諸天による勧請(広義の梵天勧請)があり、続いて菩薩たちによる勧請があり、最後に転法輪菩薩が現れて、過去仏たちに代々受け継がれてきた輪宝を釈尊に奉献することによって、初転法輪が現実のものとなる。 また、『大品般若経』とその註釈である『大智度論』、あるいは『阿闍世王経』や『華手経』などでも、釈尊の初転法輪と関連して転法輪菩薩に触れられている。 本稿では、大乗経典を対象とした谷川氏の研究を承けて、密教経軌において言及される転法輪菩薩を俯瞰し、尊容や曼荼羅を中心に、その展開の様子を窺ってみたい。