著者
市來,健吾
出版者
物性研究刊行会
雑誌
物性研究
巻号頁・発行日
vol.76, no.4, 2001-07-20

水の中を重力で落ちる粒子の挙動を21世紀の科学は完全に予言できるか、あるいはこんな古典的な現象でも現代の科学は完全に解明できていないのか?この現象を重力だけで水を無視して考えると、粒子は加速運動することが分かる。しかし実際には粒子はある程度の速度でほとんど一定に落下する。速度に比例するような水の抵抗力を考えればこの振舞は定性的に記述できる。しかし更に現実には、この抵抗力がまわりの粒子全ての影響を持つため、多粒子系ではその挙動は複雑である。「流体を直接数値計算してしまえ」という立場もあるが、ここでは流体の粘性が支配的な状況であるStokes近似に徹底的にこだわり、それ以上の人工的な、あるいは仮想的な近似を排し出来るだけ妥協せずにその性質を実感したい。その正確な数理的な情報を得るために数値計算を使おう、というのが本論文の立場だ。物理のカリキュラムの中で「流体力学」は大きく取り上げられないし、microhydrodynamicsと呼ばれる粘性流体中の多体問題は通常触れられない。専門の異なる研究者にこのmicrohydrodynamicsの面白さと難しさも併せて紹介したい。この論文は半分は(独断や偏見に満ちた)レビューで、半分は最近の私の仕事の紹介である。ここで紹介する計算手法は流体力学に限らず一般の多体問題に応用可能であると期待し、「多体問題の数値解析」という広いframeworkを示唆する。Stokes流れの多粒子問題に興味の無い方もこの手法の応用を少し考えて、もし使えそうなら是非チャレンジして欲しい。ここではもっとも単純な、つまり高級な技巧を使っていない計算道具を議論しているだけで、Stokes流れの多粒子問題に対してすら面白い物理現象への応用は示していない。本来私自身がこの道具を使って物理を取り出し尽くした後に「どうだ、まいったか」という論文を書くべきなのだが、逆に読者にチャレンジするspaceが残っている、と挑発しておく。
著者
市來,健吾
出版者
物性研究刊行会
雑誌
物性研究
巻号頁・発行日
vol.62, no.6, 1994-09-20

本研究では、「粘性流体中におけるの分散多体系の動的挙動」として、粉体流動層の数値シミュレーションと、粘性流体中の多粒子系の平均沈降速度の理論に関して行なった。これらは、「粉体」の現象に対する実験的側面と、解析的側面として捉えることが出来る。両者の間に存在する溝を埋めることは、非常に重要であり、粉体の引き起こす現象の、物理的理解には欠くことの出来ない課題である。残念ながら、本研究において、この目的は達せられなかった。しかし、現在もこの文脈で研究を継続中である。はじめに、本論文の概要をまとめておく。まず、粉体流動層の数値シミュレーションについて述べる。これまで、粘性流体中の多粒子のダイナミクスに関する研究は、流体力学的な相互作用の取り扱いが複雑であったため、コロイド粒子系に対して幾つか行なわれていた程度である[1]。今回、コロイドより粒子のスケールが大きな系に対して、同様の手法を用いてシミュレーションを行なうことが出来た。この場合は、熱的なランダム力よりも、粒子の慣性の効果の方が重要であり、この効果を導入して計算を行なった。シミュレーションの結果から、粒子の速度分布が、Maxwell分布ではなく、指数分布的であることが得られた。同様の分布は、乱流の中でも「ハード乱流」と呼ばれる現象に対しても得られているものである。以上のことから、粉体粒子の速度場と、乱流との関連についての研究が待たれる。次に、本研究のもう一つの課題である、粘性流体中の多粒子系の平均沈降速度の理論に関して述べる。シミュレーションの定式化でも問題になる流体力学的な相互作用の長距離性による発散の問題や、流体力学的な多体相互作用の複雑さから、これまでの沈降速度の理論は、Batchelor(1972)[2]での希薄極限での扱いに限られていた。高濃度への拡張の試みの一つとしてBrady&Durlofsky[3]による方法を紹介し、彼らの方法の問題点を明らかにする。次に本研究で行なったStokesian Dynamicsの方法の沈降速度の問題への適用について紹介する[4]。その結果、Brady&Durlofskyの結果を改善し、希薄極限でBatchelorとほぼ等しい結果が得られた。