著者
廣瀬 慎美子
出版者
国立遺伝学研究所
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2001

ヒドラの神経伝達にかかわるペプチド分子を得るため、ペプチドの組織的単離を行った。同時に、ヒドラの神経伝達はpeptidergicであるという、これまでの定説と合わない意外な発見をしたので、本研究計画に当初はなかったヒドラにおけるコリナージックシステムの可能性についての解析も行った。さらに,これまでヒドラで単離・同定された神経ペプチド3種類について,イソギンチャク(Nematostella vectensis)の成体および胚発生過程における発現を免疫抗体染色法により明らかにし,刺胞動物の神経系の発達について明らかにした.ヒドラペプチドの精製:既に第1段階のHPLCで得ているヒドラペプチド15画分中、第7画分の精製をHPLCを用いて進めた。3-5段の精製を経て、約60のペプチドを単離し、25種についてアミノ酸配列分析、質量分析を行った。これらの生物活性検定は進行中である。ヒドラコリナージックシステムの解析:ヒドラを含む腔腸動物では神経伝達はいわゆる古典的伝達物質ではなくペプチドが担っているというのが定説である。ところが私たちはヒドラにニコチン性アセチルコリン受容体遺伝子(nAChR)およびコリントラスポーター遺伝子(CHT)が存在することを見いだした。1種類のnAChRとCHT遺伝子の発現をホールマウントin situハイブリダイゼーション法で解析した結果,外胚葉上皮組織でシグナルが検出されたが,神経での発現は見られなかった.ヒドラのACh,およびAChの合成酵素の活性を測定した結果,ヒドラはAChを自身で合成し,保持していることが示された.ヒドラのnAChRの機能解析,AChの生体内での機能については現在解析を進めており不明な点があるが,これまでの結果は,ヒドラはAChを利用しているが神経系での利用ではなく,上皮組織において形態の形成・維持などのシグナルとして利用していることを示唆している.AChが神経系を持ち始めた最初の動物である腔腸動物で形態形成にかかわるとすると、神経伝達物質の進化に全く新しいパラダイムを導入することになる。イソギンチャクの神経ペプチド産生細胞の解析:ヒドラのシグナル活性ペプチド分子の網羅的解析により,数種類の神経ペプチドの解析が進んできたが,ヒドラの初期発生過程における神経系の発達については観察が困難なことから、ほとんど解明されていない.そこでイソギンチャクNematostella vectensisを用いて,腔腸動物の胚発生過程における神経ペプチドの発現パターンを抗体染色法により明らかにした.その結果,ヒドラとイソギンチャクではいくつかの共通の神経ペプチドを保持しているが,成体での神経ペプチド産生細胞の分布パターンが大きく異なること,受精3日目頃のプラヌラ幼生で初めて神経ペプチド産生細胞が現れ,発生過程においてそれぞれの産生細胞特異的な発現パターンを示すことが明らかになった.