7 0 0 0 OA 経口免疫寛容

著者
後藤 真生
出版者
社団法人 日本食品科学工学会
雑誌
日本食品科学工学会誌 (ISSN:1341027X)
巻号頁・発行日
vol.53, no.9, pp.526-526, 2006-09-15 (Released:2007-09-29)
参考文献数
3

免疫系は,病原体などの異物を自分自身を傷害することなく排除する非常に精巧なシステムである.一方で,摂取された食物のように異物でありながら明らかに無害なものについては,食物アレルギーなどを除き,通常,免疫応答を起こさない.実際には抗原の経口投与によってその抗原に対する全身免疫系の応答は減少するが,粘膜面での防御応答は増加する.よって免疫系は経口的に摂取した異物に特異的に応答を制御していることが理解できる.この現象を経口免疫寛容という.漆職人が漆かぶれの予防に漆を飲む,ネイティブアメリカンがツタウルシかぶれを防ぐためにツタウルシを食べる,など様々な民間伝承もあり,現象としては古くから知られていたようである.しかし,科学的な解析が始まったのは1911年にはWellsによって,鶏卵蛋白をあらかじめ餌として投与したモルモットで全身アナフィラキシーが抑制される現象が報告されたことをもって開始されてからである.経口免疫寛容のメカニズムは解析が進むほど非常に複雑であることが判明し,その全容は解明されているとは言えないが,現在のところ,T細胞が大きな役割を果たしており,抗原の投与方法,特に投与量によって,クローナルデリーション,アクティブサプレッション,アナジーの大きく三つに分けられる異なる寛容誘導メカニズムが働いていることが強く示唆されている.大容量の抗原投与で誘導され,経口抗原特異的な末梢T細胞がアポトーシスによって減少する機構がクローナルデリーションと呼ばれる.抗体は抗原特異的CD4 T細胞が対応するB細胞に産生させるため,T細胞が減少することで,抗体の産生も抑制される.一方,少・中程度の抗原経口投与ではクローナルデリーションは誘導されず,免疫抑制活性を持つ経口抗原特異的なT細胞が出現する.これらによって誘導される免疫抑制をアクティブサプレッションと呼ぶ.実際に,経口免疫寛容を誘導した際に,抗原特異的に抑制的サイトカインを産生するT細胞が腸管膜リンパ節に出現することが発見されている1).また,近年,制御性T細胞と呼ばれる一部の末梢CD4T細胞が,自己免疫疾患の発症を抑制していることが明らかになった.この抑制は主に制御性T細胞と自己応答性T細胞の接触で入る抑制性シグナルによると考えられている.制御性T細胞が食物などの外来抗原に応答するかは不明であるが,多量の抗原の経口摂取によってアクティブサプレッション活性を持つT細胞が腸管パイエル板に出現し,それらには制御性T細胞の特徴が見いだされた.これらから,経口免疫寛容には末梢で分化した経口抗原特異的な制御性T細胞が関わる可能性が示唆されている.またT細胞が抗原刺激に効率よく応答するためには,抗原刺激以外の共刺激を必要とする.共刺激のない状態でT細胞が抗原刺激を受けると,その抗原に対して不応答状態(アナジー)になり,IL-2によって回復することが知られているが,経口寛容誘導マウスの不応答T細胞をIL-2処理すると同様に応答能が回復するため,経口免疫寛容のメカニズムにT細胞のアナジー化が含まれることが示唆されている2).近年,自己免疫疾患やアレルギーの治療,移植時の拒絶反応の抑制などに経口免疫寛容を利用する気運が高まっている.抗原特異的でないステロイド剤や免疫抑制剤は副作用の危険性が高いが,特定抗原への応答のみを抑制する経口免疫寛容は,治療に応用できれば,副作用の危険性がより少ないと考えられている.動物実験では一定の成功を見ており,食物アレルギー3)などで行われたヒト臨床試験で好成績を収めた例も報告されている.しかし,効果が見られなかったケースや病態が悪化したケースもあり,経口免疫寛容を実際に治療に応用するにはまだ課題が多いと考えられる.