- 著者
-
永田 光明子
西本 加奈
山田 麻和
早田 康一
原田 直樹
大木田 治夫
- 出版者
- 九州理学療法士・作業療法士合同学会
- 雑誌
- 九州理学療法士・作業療法士合同学会誌 第26回九州理学療法士・作業療法士合同学会誌 (ISSN:09152032)
- 巻号頁・発行日
- pp.146, 2004 (Released:2004-11-18)
【はじめに】 脳卒中患者のうち全体の約3割が抑うつ状態を呈する.発症後4ヶ月で23%の患者が抑うつ状態を示すとの報告もある.脳卒中後のうつ状態は、患者の意欲を奪い、このことが病気からの回復を遅らせ、QOLを低下させる.今回、脳出血のため回復期リハビリテーション病棟(以下、回復期リハ病棟)に入院し、独居での自宅復帰を主目標にリハビリテーション計画を立案・実施したが、抑うつ状態の増悪により自宅退院が困難となった症例を担当したので、若干の考察を加えて報告する.【症例紹介】 56歳、女性.左被殻出血による右片麻痺、失語症.H15.9.29 発症、10.1より早期リハ開始、10.3定位血腫除去施行、11.6当院回復期リハ病棟入棟.病前性格:几帳面で完璧主義.家庭背景:子供は独立して夫と二人暮らし、夫は仕事の都合で週末しか自宅に戻ることが出来ない.【経過】 入院時、症例のADLは食事以外の全項目に介助が必要な状態であった.心理的には発病に対するショックが強く悲嘆的な発言が多かった.PTプログラムには従順で意欲的であったが、その反面疲労時に目眩・動悸の訴えがあり、夜間は不眠の訴えも聞かれた.そのため主治医から抗うつ剤が処方されていた. 発症後4ヶ月半(H16.2月中旬)、症例・家族ともに身体機能の更なる回復を期待しており、退院はまだまだ先の事と考えていた.しかし、リハチームとしては3月末を退院目標とし、夫との外泊に加え、夫不在時に自宅に戻り食事の支度・入浴を自力で行う独り外出・外泊の計画を立てた.それは、症例と家族が退院後の生活を具体的にイメージする事がソフトランディングな退院につながると考えたためであった.そこで、本人・家族に独り外泊についての説明を行い、発症後5ヶ月目(H16.2月末)に独り外泊を実施した.<発症後4ヶ月半でのPT評価> Br. Stage:上肢II、手指II、下肢III.筋緊張:全体的に低下しており、肩関節に亜脱臼1横指あり.感覚:右上下肢、表在・深部感覚共に中等度鈍麻(上肢>下肢).FIM運動項目は74/91点で緩下剤調整・座薬の挿入に介助が必要、浴槽移乗と階段昇降に監視が必要なことを除外して入院生活は全て自力で可能、FIM認知項目は28/35点で問題解決に制限が見られた.<症例の心理状態> 独り外泊直前:うつスケールGDS-15は11点で重いうつ症状を示した.外泊については、夜間の転倒に対する不安、再発に対する不安、トイレ・入浴が独りで出来るかという不安が聞かれた. 独り外泊直後:GDS-15は9点となり、生活に対する希望と幸福感に変化が見られた.しかし、片手・片足での生活はきつい、排便について自己処理が出来ない等、具体的な不安が挙げられた.<独り外泊後の経過> 外泊時、調理・入浴とも見守りで可能で、転倒もなく無事過ごすことが出来た.排便についての不安が外泊前よりも強くなっていたため、PTでは腹筋運動をプログラムに追加し、病棟では座薬の自己挿入練習を開始することとなった. しかし、症例は3月初旬に2度便失禁を体験し、直後より極度のうつ状態に陥った.症例からは「もう何も出来ない」「死にたい、殺して.」など様々な不安が聞かれた.日中はベッド臥床して過ごし、リハビリ拒否となった.また、排泄への不安から摂食拒否になり、抗うつ剤による治療が継続されたが、最終的には自殺企図が生じ、3月末精神科へ転院となった.【考察】 本症例は、病棟でのADLが自力で可能となり、試験外泊で退院後の生活を体験した.PTは主目標である自宅復帰が可能と考えたが、症例は外泊後抑うつ状態が増悪し目標は達成されなかった. 脳卒中後の抑うつ症状は、病巣部位と病前性格・身体機能障害の程度・社会経済的要素などのマイナス作用により発症する.そのため、目標とするADL・ASL能力の獲得に向けて集中的にアプローチが行われる回復期リハ病棟では、練習中の失敗体験や予後告知、介護者となる家族との関係変化等により患者の抑うつが発症する可能性が高いと考える. 排泄行為は生きていく上で欠かす事の出来ない生理的欲求である.日常生活では誰もが人の目に触れない所で行っており、その行為に失敗した時の羞恥心・心理的な苦痛は計り知れない.症例は外泊前から排便コントロールに介助が必要だったが、独り外泊後2回の便失禁を体験し、大うつ病に至った.退院計画を具体的に進める際、無理に排便コントロールの独立を目標にせず、介助出来る支援体制を整えれば、排便に対する不安は軽減した可能性もある.試験外泊時にその時点の身体機能で遂行可能な自宅生活を想定し、それをサポートする地域社会の支援体制が求められる.