著者
福原 晴夫 木村 直哉 永坂 正夫 野原 精一
出版者
日本陸水学会
雑誌
陸水学雑誌 (ISSN:00215104)
巻号頁・発行日
vol.82, no.3, pp.171-188, 2021-09-25 (Released:2022-09-28)
参考文献数
100
被引用文献数
1

尾瀬ヶ原は標高約1400 mに位置し,長さ6 km,幅2 km,面積7.6 km2の本州最大の高層湿原である。尾瀬ヶ原では近年洪水の頻度が増し,池溏に氾濫水が流入する状況が起こっている。そこで,尾瀬ヶ原上田代の12池溏において,2019年10月に岸辺水生無脊椎動物のタモ網による時間単位採集を行い,洪水の影響を検討した。最近の洪水(2019年5月20 ~ 21日,累加雨量84 mm)による池溏の濁り状態の目視観察やドロ-ン映像,池溏の標高,魚類の侵入状況から,12池溏を洪水影響小(OFPool),洪水影響大(FFPool)に分けた。調査池溏には27分類群が出現した。OFPoolには25分類群,FFPoolには26分類群が出現し,差はなかった。各分類群の採集個体数の平均はミズダニ類を除いてFFPoolで少なく,総採集個体数(ササラダニ類を除く)とハエ目採集個体数で有意に少なかった。ササラダニ類もFFPoolで少ない傾向を示した。ハエ目の中ではユスリカ科の採集個体数が,特にモンユスリカ亜科の採集個体数がFFPoolで少なく,洪水は本亜科に大きな影響を与えたと推定される。生体量にはハエ目を除いて有意な差は認められなかった。キイロマツモムシ,ケヨソイカ属の一種,セトトビケラ属の一種 はFFPool での出現池溏が少なかった。氾濫水は池溏の岸辺を攪乱し,動物そのものの流失や動物の付着した枯葉や藻類,菌類の流失を引き起こし,岸辺水生無脊椎動物個体数を低下させた可能性がある。また洪水によって池溏に侵入した魚類の捕食圧の増加も個体数の低下を引き起こしている可能性がある。