著者
杉山 隆彦
出版者
大妻女子大学
雑誌
大妻比較文化 : 大妻女子大学比較文化学部紀要 (ISSN:13454307)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.46-65, 2002

ここ数年、私は機会をとらえては「マクロの文学」ということについて書いたり喋ったりしてきた。それは20世紀文学に対する私なりの見方を提出したものではあったが、もちろん私は、20世紀の世界の文学が、そのような単一の尺度で処理し得ると考えていたわけではない。文学が対象とする人間の心の動きや行動様式には、洋の東西を問わず共通するものがありだからこそ、肌の色の違い、言葉の壁、宗教的信条の違い等をそのままにしてなお、「人間」としてたがいに理解しあうことができるのは言うまでもない。ここに着目して私は「マクロの文学」という視点を提出しているのではあるが、同時に、その肌の色の相違、使用する言葉の独自性、信仰様態の差異、あるいは衣食住に見られる基本的な文化の相違が、たがいの意思の疎通を妨げているという面もあるのである。比較文学という比較的新しい分野は、文学の置かれている以上のような両義的側面-世界に通底するものと各国・各人にとっての独自のもの-を同時に掬い上げて、人間と世界を統一的に把握することを可能にしてくれるのではないか。この新たな尺度を援用することで、これまで「マクロの文学」の範疇に入れることを私に躊躇させてきたジョン・スタインベック(John Steinbeck、1902-68)を、うまくその中に融けこませ得るのではないかと気づいたのである。作品の題材、構成、表現上の技法等に対するスタインベックの絶えざる探求の姿勢は、そのことを充分に裏づけていると言ってよい。