著者
杉崎 夏夫
出版者
智山勧学会
雑誌
智山學報 (ISSN:02865661)
巻号頁・発行日
vol.42, pp.327-344, 1993-12-12

明治時代初期は、江戸時代から東京時代への過渡期に当たる。前代の士農工商による身分制度に支えられた封建国家が崩れ、四民平等の近代国家へと変わりつつある時期である。新しい身分制度に伴う新階級の誕生や西洋文化の移入によって起こる風俗・習慣・文化などの変化が言語にも大きく反映し、これまでの言語体系を崩し、新たな体係が生まれつつあった時期で、言語現象の上でも過渡期に当たる。本稿は、この明治初期の言語の諸相を探るための第一歩として、仮名垣魯文の『安愚楽鍋』を扱うことにした。魯文は江戸末期から明治初期に活躍した、際物作家と呼ばれた戯作者で、明治四年に刊行された『牛店雑談安愚楽鍋』は、彼の大ヒット作である。文明開化の象徴のような牛肉を食べにやって来る、様々な階層の客たちの会話を細かに描写することによって、滑稽なさまを描き出した作品である。従って、そこに描写されている言葉は生粋の東京語である。よって、明治初期の言語を究明して行くうえで、是非扱うべき資料と判断し考察を試みた。