著者
杉浦 亙
出版者
一般社団法人 日本薬剤疫学会
雑誌
薬剤疫学 (ISSN:13420445)
巻号頁・発行日
vol.26, no.1, pp.91-97, 2021-06-20 (Released:2021-07-26)
参考文献数
32

新興感染症を制圧するためには治療薬の開発が重要である.しかし新興感染症では,パンデミック発生時点では有効な治療薬は存在しないことが多い.このような状況下で先ず取られる治療薬の開発手段は既存薬の中から治療効果がある薬剤の探索 repurposing であり,この 1 年間様々な COVID-19 治療薬の候補が検討されてきた.その結果,抗ウイルス剤としては Ebola の治療薬として開発が進められていた remdesivir,サイトカインストームを抑えるための抗炎症薬としては dexamethasone の 2 剤が治療薬として承認された.いずれの薬剤も海外での臨床試験の結果に基づく承認である.我が国でも多くの候補薬が提唱され,臨床試験が進められてきたが,明確な結論が得られた試験は数少ない.その中の一つ喘息治療 ciclesonide の有効性と安全性を検証する単盲検無作為割付比較試験(Randomized clinical trial:RCT)では,目標症例数 90 例の登録完了に 181 日を要した. 一方で同時期に実施されていた,ciclesonide の「観察研究」では 180 日間でその 30 倍にも達する 3,000 人が登録されており,現場の医師にとって RCT に参加するハードルが高いことがわかる.要因は様々であろうが,RCT を実施するにあたって投入できる人的リソースの不足などが課題として挙げられよう.今回のパンデミックを教訓に,これらの課題を解決すべく,また次の新興感染症も見据えた RCT を支援する司令塔の役割を担う組織の設立が切望される.SARS-CoV-2 は感染を拡大しつつ,変異の選択と淘汰を経てヒトを宿主とするウイルスとしての姿を整えつつあるようであるが,ヒトとの共存関係が落ち着くまでには相当の時間を有するのであろうか.予防ワクチンが開発・実用化され,治療薬についても間違いなく研究開発が進展しており,COVID-19 の制御が可能となり,社会活動の再開ができる日はそう遠くないことを期待する.