著者
小森 哲志 鍵村 達夫
出版者
一般社団法人 日本薬剤疫学会
雑誌
薬剤疫学 (ISSN:13420445)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.95-111, 2014-03-25 (Released:2014-04-30)
参考文献数
11
被引用文献数
1

薬剤疫学研究において,薬剤への曝露と有害事象発生との因果関係を検討するための代表的な手法として,コホート研究とケース・コントロール研究という2つの研究手法がある.いずれの研究の背景にも,疾病が発生してくる元となるリスク集団の存在を想定することができる.コホート研究では,リスク集団のなかに研究コホートを設定し,それを直接調べようとする.一方,ケース・コントロール研究では,同じ研究コホートからコントロールをサンプリングすることにより,その一部を調べようとする.このように考えることで,コホート研究とケース・コントロール研究を統一的な視点から理解することができる.ここでは,コントロールをサンプリングする方法の例をいくつか示し,そのサンプリング方法によって得られる曝露効果の指標について概観した.(薬剤疫学 2013; 18(2): 95-111)
著者
岩尾 友秀
出版者
一般社団法人 日本薬剤疫学会
雑誌
薬剤疫学 (ISSN:13420445)
巻号頁・発行日
pp.27.e1, (Released:2022-07-22)
参考文献数
57

近年,世界的に医療情報データベースの利活用の気運が高まっており,我が国においてもリアルワールドデータ (RWD) を臨床研究に有効活用することが期待されている.一方で,電子カルテやDPC,レセプト等の蓄積された既存データを用いるデータベース研究は,統計解析の前に実施するデータ前処理の負荷が極めて高いことが知られている.しかしながら,データベース研究に関するデータ前処理の課題や研究を学術的な観点から体系的に整理した文献はほとんど見られない.そこで,本稿ではデータベース研究におけるデータ前処理の課題を疫学,および工学的な観点から体系的に整理し,それらの課題に取り組んでいる研究を紹介した後に,残された課題や今後の研究動向について考察する.本稿では,データベース研究の課題を,①データコンテンツ,②データ構造,③大容量データの処理,という三つのカテゴリーに分類した.次に,データ前処理に取り組んでいる研究について調査し,課題ごとに体系的に取り上げた.調査の結果,データ前処理分野の研究は,解析に必要なデータコンテンツを既存のデータベースに補完することで,信頼性を高めることを目的とした研究がほとんどを占めていた.一方で,データ構造や大容量データ処理に関する課題解決を主目的とした研究は十分になされているとはいえない状況であった.データ前処理は生物統計学や機械学習等の関連領域と比較すると歴史が浅く,社会的な認知度が低いこともあり,当該分野を専門とする理工系の研究者が極めて少ないことが一因であると考えられる.本稿が端緒となりデータ前処理の重要性が認知されることで,傑出した研究成果が生まれ,臨床研究の領域においてRWD の利活用がますます興隆することを期待する.
著者
村田 純一 武藤 正樹 池田 俊也
出版者
一般社団法人 日本薬剤疫学会
雑誌
薬剤疫学 (ISSN:13420445)
巻号頁・発行日
vol.19, no.2, pp.81-89, 2015-02-20 (Released:2015-03-30)
参考文献数
20
被引用文献数
1

2013年7月に厚生労働省より認知症の BPSD に対応する向精神薬使用ガイドラインが発出された.ガイドライン発出にあたり実際の処方データを用いて認知症患者の向精神薬の処方実態について Anatomical Therapeutic Chemical (ATC) 分類を用いて調査した.向精神薬の ATC 第 3 階層ごとでの患者数の割合は N05C 催眠薬と鎮静剤が 9,920名(19.7%) と最も多く使われていた.また,risperidone の処方割合は 5.6% と英国での調査と比較しても少ない.BPSD ガイドラインでは抗不安薬は原則使用すべきでないとされているが実際には etizolam が 6.2% に処方されており,少なからず使用されていた.また,同一月で向精神薬を 2 剤以上併用している患者は 8,852名(19.5%) であり,同一月での複数薬剤の併用状況の組合せ上位は risperidone,tiapride が 209名(2.4%) と最も高かった.抗精神病薬の一部が糖尿病患者への処方が禁忌とされているにもかかわらず,実際には 39名に処方がされていた.診療科数が 2つ以上になる場合に抗精神病薬の禁忌処方・慎重投与となる割合について有意の差 (p<0.01) をもって多くなり,受診する診療科が増えると禁忌処方や慎重投与となる割合が増加するということがわかった.この状況を予防するためにも認知症患者に対する服薬管理の機能として2014年の診療報酬改定で導入された主治医機能の役割が必要であることが示唆された.
著者
岡田 啓 康永 秀生
出版者
一般社団法人 日本薬剤疫学会
雑誌
薬剤疫学 (ISSN:13420445)
巻号頁・発行日
vol.27, no.1, pp.11-18, 2022-06-25 (Released:2022-07-25)
参考文献数
4

リアルワールドデータを用いた研究は近年,世界的に急速な発展を遂げている.日本においてもさまざまなリアルワールドデータが整備されつつある.リアルワールドデータの類型の一つである保険データベースには,公的なデータベースである匿名レセプト情報・匿名特定健診等情報データベース(NDB)の他に,いくつかの商用データベースがある.本稿では,2020年にDeSC ヘルスケア株式会社が新規に構築したDeSC データベースについて解説する.DeSC データベースの特徴として,国保・健保・後期高齢者のレセプト情報・特定健診情報を含む点が挙げられる.本稿では,DeSC データベースの母集団代表性に関する先行研究を引用し,その概要を説明する.また,DeSC データベースを用いて,保険者種類別にいくつかの疾患の有病率を記述する.さらに,DeSC データベースの臨床疫学・薬剤疫学研究への活用について言及する.
著者
桑島 巖
出版者
一般社団法人 日本薬剤疫学会
雑誌
薬剤疫学 (ISSN:13420445)
巻号頁・発行日
vol.24, no.2, pp.67-74, 2019-08-27 (Released:2019-10-07)
参考文献数
4
被引用文献数
2

ディオバン臨床研究不正事件とは,製薬会社ノバルティス社が発売する高血圧治療薬ディオバンの有効性を検証した 5 つの大規模臨床試験において論文不正が明らかになるとともに社員が統計解析などに深く関与していた事件である.本事件ではノバルティス社元社員が逮捕され,裁判になるという臨床研究の分野では極めて異例の事態にまで発展した.裁判は,元社員の不正な関与と改ざん行為は認定したが,論文作成は法律で定める広告には当たらないとの解釈によって 1 審,2 審とも無罪となった. 本事件を契機として臨床研究法が制定されたが,事件の根幹にあるものは製薬企業と研究者の医療モラルの低下である.
著者
平松 達雄
出版者
一般社団法人 日本薬剤疫学会
雑誌
薬剤疫学 (ISSN:13420445)
巻号頁・発行日
vol.27, no.1, pp.34-48, 2022-06-25 (Released:2022-07-25)
参考文献数
39

Real World Data (RWD) にはさまざまな種類のデータソースがあるが,それぞれ異なる形式や用語コードで構成されているため,分析時に毎回煩わしい作業を繰り返すことになる.RWD の薬剤疫学的分析を一層進めるためには,データ形式や用語コードの標準化が重要である.OMOP Common Data Model (CDM) は世界規模でRWD の分析用標準化を実現するオープン規格であり,コミュニティであるOHDSI(オデッセイ)がその維持発展を担っている. OMOP CDM が他のデータ規格と際立って異なる特徴は,世界的に用語コードを統合して扱える仕組を作り上げたことと,個別の患者情報をデータ保持者の外に出さないで実施する分析方法である.これにより国際的な共同調査が容易に実施可能になっている.患者情報を外部に出さない方法は,第三者提供ができないが利用目的変更が容易な日本の仮名加工情報制度との親和性が高く,今後の活用が期待できる. 国際的な連携だけでなく,国内の連携,あるいはインハウスでの利用にもメリットが多い.特に疫学者やデータサイエンティストが国内でも国外でも慣れた同じ形式でデータが扱えるようになることで,留学や帰国,国際的な異動時のメリットが人材・組織両方にとって大きいものとなる. 世界的には70 カ国以上で取り組まれ,重複を推定除去して世界人口の10%にあたる8億人以上のデータがOMOP CDM 形式へ変換されており,関連するPubMed 掲載論文も年々増加し累計で250 本を超えている.一方,日本においての普及には支援する仕組や用語コードのマッピングなど課題が多い.国際水準に追いつくためには,幅広い分野からの力強い協力が必要である.
著者
恩田 光子 今井 博久 正野 貴子 高田 百合菜 藤井 真吾 七海 陽子 荒川 行生
出版者
一般社団法人 日本薬剤疫学会
雑誌
薬剤疫学 (ISSN:13420445)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.1-11, 2016-08-31 (Released:2016-09-27)
参考文献数
25
被引用文献数
2

ほとんどの在宅療養患者には,複数の薬剤が処方されており,政府は薬剤師による在宅ケアへのさらなる参画を推進している.しかしながら,副作用(副作用の疑い)(Adverse Drug Reactions: 以下 ADRs)の発生に関する情報はほとんど存在しない.本研究の目的は,在宅療養患者における薬物治療に伴う ADRs の発生状況,ADRs との関連要因について明らかにすることである.調査対象は全国の保険薬局とし,当該薬局において訪問サービスを実施している薬剤師に対して,訪問対象患者に関する調査票への記入を依頼した.主な調査項目は,患者属性,内服薬の品目数,ADRs の有無とその具体的内容,訪問サービスに係る薬剤師の業務量とした.1,890薬局から5,447人分の患者データを収集した結果,薬剤師が訪問時に ADRs を発見した患者割合は14.4%であった.10件以上報告された ADRs は12症状分類で全体の85.2%を占め,上位5症状分類は,めまい・ふらつき・立ちくらみ等,消化器障害,臨床検査値異常,意識障害,皮膚症状であった.被疑薬は,上位12症状分類のうち7症状分類において,催眠鎮静剤・抗不安剤,精神神経用剤,その他の中枢神経系用薬のいずれかが被疑薬の上位3項目に含まれていた.また,ADRs との関連要因として,患者の性別,居住形態,内服薬の品目数等が抽出された.日本の在宅医療における ADRs の割合は,諸外国と比較し大差はないが,被疑薬に占める中枢神経系用薬の割合が高いことが示唆された.また,ADRs の発生と多剤併用の関連も実証されたことから,医師と薬剤師の協働による中枢神経系用薬の減薬に取り組む必要がある.
著者
岩上 将夫
出版者
一般社団法人 日本薬剤疫学会
雑誌
薬剤疫学 (ISSN:13420445)
巻号頁・発行日
vol.27, no.1, pp.19-24, 2022-06-25 (Released:2022-07-25)
参考文献数
7

徳洲会グループは日本において最大規模の病院グループであり,グループ全病院をネットワークで接続することにより,情報の一元管理・コード統一化が実現できている.これまで徳洲会グループは治験事業への参加,抗がん剤プロトコールシステムの構築,BioBank Japan への参加,MID-NET® へのデータ提供などの形でデータ利活用を行ってきたが,最近は「徳洲会メディカルデータベース (Tokushukai Medical Database)」としてアカデミアや製薬企業・医療機器メーカーに対するデータ提供も開始している.徳洲会メディカルデータベースは主に,入院・外来レセプト情報,Diagnosis Procedure Combination(DPC)データ,血液検査結果およびバイタルサインを含む電子カルテ情報,院内がん登録情報から成る.徳洲会メディカルデータベースの強みとしては,血液検査結果および入院中のバイタルサインの情報が電子化・統一化された形で取得できる点,徳洲会メディカルデータベースに存在するレセプト情報やDPC データから(徳洲会本部や倫理委員会の許可のもと)各患者の電子カルテにさかのぼれる点,などが挙げられる.これらの強みを活かして,採血結果により定義した急性腎障害の研究,透析患者の高カリウム血症の研究,関節リウマチ同定のためのバリデーション研究などの事例が認められる.データ利活用の中で新たに課題として挙げられた点(例えば,心臓エコーのデータが各病院から統一化した形で得られない点)については,ネットワークシステムのアップデートと共に解決し,今後より幅広い研究課題に対応できることが期待される.
著者
澤田 克彦 広岡 禎
出版者
一般社団法人 日本薬剤疫学会
雑誌
薬剤疫学 (ISSN:13420445)
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.31-37, 2014-06-30 (Released:2014-08-13)
参考文献数
12
被引用文献数
4

医薬品副作用データベース(英名:Japanese Adverse Drug Event Report database,略称;JADER)が 2012年4月から一定の利用規約条件のもと,誰もがダウンロードし,利用できるようになった.今回我々は医薬品副作用被害救済制度の対象となる症例が増加している重症薬疹に着目し,代表的な重症薬疹の特徴と重症薬疹ごとの被疑医薬品の傾向,共通点について JADER を利用して分析を試みた.手法としては頻度集計に加え,副作用と医薬品の報告不均衡に基づく ROR(Reporting Odds Ratio)の推定,ならびに副作用発現時間の Weibull 分布あてはめによる分布パラメータ推定を適用した.JADER には重複報告を除き 10,171 件の解析対象とする重症薬疹の報告が含まれ,臨床経過や被疑医薬品のプロファイルに特徴を有する Drug Induced Hypersensitivity Syndrome(DIHS:薬剤性過敏症症候群)は JADER のデータにおいても抗てんかん薬など特徴的な被疑医薬品の報告件数が多いことが確認できた.一方,ROR での評価では典型的な被疑薬として認知されていない薬剤も高いシグナル数値を示した.Weibull 分布の形状パラメータ推定値による副作用発現時期の解析については,DIHS は他の重症薬疹に比べて明確な差が認められ,発現時期のピークも他の重症薬疹より遅い20日前後であった.今回我々が検討したように自発報告副作用についてさまざまな側面からデータを分析し,その情報を捉えることは医薬品の安全性対策に関わる者にとって有用な取組みと考えられる.
著者
岩尾 友秀
出版者
一般社団法人 日本薬剤疫学会
雑誌
薬剤疫学 (ISSN:13420445)
巻号頁・発行日
vol.27, no.2, pp.49-59, 2022-10-20 (Released:2022-11-21)
参考文献数
57

近年,世界的に医療情報データベースの利活用の気運が高まっており,我が国においてもリアルワールドデータ (RWD) を臨床研究に有効活用することが期待されている.一方で,電子カルテやDPC,レセプト等の蓄積された既存データを用いるデータベース研究は,統計解析の前に実施するデータ前処理の負荷が極めて高いことが知られている.しかしながら,データベース研究に関するデータ前処理の課題や研究を学術的な観点から体系的に整理した文献はほとんど見られない.そこで,本稿ではデータベース研究におけるデータ前処理の課題を疫学,および工学的な観点から体系的に整理し,それらの課題に取り組んでいる研究を紹介した後に,残された課題や今後の研究動向について考察する.本稿では,データベース研究の課題を,①データコンテンツ,②データ構造,③大容量データの処理,という三つのカテゴリーに分類した.次に,データ前処理に取り組んでいる研究について調査し,課題ごとに体系的に取り上げた.調査の結果,データ前処理分野の研究は,解析に必要なデータコンテンツを既存のデータベースに補完することで,信頼性を高めることを目的とした研究がほとんどを占めていた.一方で,データ構造や大容量データ処理に関する課題解決を主目的とした研究は十分になされているとはいえない状況であった.データ前処理は生物統計学や機械学習等の関連領域と比較すると歴史が浅く,社会的な認知度が低いこともあり,当該分野を専門とする理工系の研究者が極めて少ないことが一因であると考えられる.本稿が端緒となりデータ前処理の重要性が認知されることで,傑出した研究成果が生まれ,臨床研究の領域においてRWD の利活用がますます興隆することを期待する.
著者
小池 竜司 中山 健夫
出版者
一般社団法人 日本薬剤疫学会
雑誌
薬剤疫学 (ISSN:13420445)
巻号頁・発行日
vol.14, no.2, pp.89-98, 2009 (Released:2010-03-08)
参考文献数
7
被引用文献数
3

臨床医の視点から見た医薬品安全情報とは、副作用情報だけではなく、安全に薬物治療を行うためのすべての情報を指している。臨床医が必要とする医薬品安全性情報は、薬理学的データ、薬品名、投与される患者の病歴や症状、そして医療機関における電子的または紙ベースの処方箋発行システムも含むものである。多くの臨床医は一般的には医薬品安全性情報に興味があるが、数多く提供される副作用情報は、その中のごく一部が各自の診療や処方に必要な情報であるに過ぎないことから、それらを必ずしも注目していない。さらに、日常の診療に多忙な本邦の臨床医は、提供される情報から必要な情報を抽出し、管理し、利用し、さらに新たに副作用を報告する時間を確保することは困難である。 医薬品安全情報の中でも特に副作用情報に関しては、データの収集、データベースの管理、臨床医に対するフィードバックなどを含めた管理体制に多くの問題点が存在する。特に現在の副作用報告システムは、臨床医に依存しすぎている。本邦において医薬品安全性情報の検出感度と管理体制を改善するためには、臨床医だけではなく、薬剤師およびその他の医療従事者、そして患者によっても報告が行われる体制を整備していく必要があるだろう。さらに、すべての医療機関において医薬品安全性情報の専従組織を構築することが期待される。2009年に発足した消費者庁はそのような視点に立った組織であり、医薬品安全性情報に関して、このような役割を担う行政機関設立は一つの解決策となり得るであろう。また、医薬品安全性情報は医療の中で臓器横断的な情報であることから、専門分野に特化している医師だけでなく、総合的医学、総合診療に秀でる臨床医も医薬品安全性を扱う機関に必要な人材と言えよう。
著者
岡田 賢司 村上 恭子
出版者
一般社団法人 日本薬剤疫学会
雑誌
薬剤疫学 (ISSN:13420445)
巻号頁・発行日
vol.20, no.2, pp.55-62, 2015-12-31 (Released:2016-02-04)
参考文献数
7

予防接種後に発生した有害事象報告は基本的には自由記載で収集されており,その診断の確度の評価ができない場合もある.海外ではこのような実情を鑑み,標準化された基準で収集・評価検討していくことが行われている.国際標準として広く導入され始めているブライトン標準化症例定義を日本においても適用するための方策を考えた.
著者
岡本 悦司
出版者
一般社団法人 日本薬剤疫学会
雑誌
薬剤疫学 (ISSN:13420445)
巻号頁・発行日
vol.17, no.2, pp.117-134, 2013-02-20 (Released:2013-04-10)
参考文献数
15
被引用文献数
2

レセプト情報・特定健診等情報データベース(以下,NDB)が構築され研究利用も可能となったが,その活用は厳格な個人情報保護規定により相当な制約を受けている.たとえば最小集計規制により,10 未満の集計は認められていない.ところが奇妙なことに,同じレセプトを対象とする医療給付実態調査にはそのような制約はない.その違いは法的根拠にあり,医療給付実態調査は統計法であるのに対して NDB は行政機関個人情報保護法(行個法)であることによる.二つの法律は正反対であり,統計法はデータ有効活用を推進するのに対して行個法は個人情報保護を最重視している.研究利用のためであれば NDB も統計法に基づく統計となるのが望ましいが,そうすると行政機関による統計目的外の利用(たとえば,請求内容のチェック)も制限されるという問題が生じる.ならば,行政機関による利用は行個法,研究利用は統計法というダブルスタンダードも選択肢である.またこれまで各種レセプト調査は,異なる行政機関が重複する調査を実施してきたが,NDB 構築を契機に分立する調査の統合も課題である.データベースとその二次利用をめぐる法的扱いは各国でも問題となっており,最近 OECD が実施したデータベースとその二次利用に関する調査結果の要約も参考として添付する.(薬剤疫学 2012;17(2):117-134)
著者
酒井 隆全
出版者
一般社団法人 日本薬剤疫学会
雑誌
薬剤疫学 (ISSN:13420445)
巻号頁・発行日
vol.25, no.2, pp.64-73, 2020-10-25 (Released:2020-11-30)
参考文献数
25
被引用文献数
1

自発報告は市販後の医薬品安全性監視において重要な情報源である.日本では 2012 年に Japanese Adverse Drug Event Report database (JADER) が公開されており,以来,データマイニング手法を用いた数多くの学会発表,論文投稿が行われている.自発報告は,一般的に過少報告,分母情報の欠如,報告バイアスの影響など種々の限界点を有しており,これらは JADER にも当てはまる.また,JADER では主に重篤な症例が集積されていることや,依頼に基づく報告も含まれていることなど,自発報告が収集されている制度的背景も影響をもたらす.統計学的に検出されたシグナルは必ずしも医薬品と有害事象に因果関係があることを意味するものではなく,検出されたシグナルには慎重な解釈が必要となる.しかしながら,留意すべき限界点について考えずに用いられているという指摘の声があがっている.企業の医薬品安全性監視活動におけるシグナルの取扱いについては,EU における Guideline on Good Pharmacovigilance Practices (GVP) Module Ⅸ,米国における Guidance for Industry - Good Pharmacovigilance Practices and Pharmacoepidemiologic Assessment などが参考となる資料として存在している.一方,研究者が自発報告データベースを利用して得られた科学的知見を報告する際に向けたガイダンスなどはほとんど整備されていない.そこで,我々は主に JADER を用いて研究発表を行う研究者の視点から,一般社団法人 日本医薬品情報学会 平成29年度課題研究班において「JADER を用いたデータマイニング (主に不均衡分析によるシグナル検出) の研究発表の際に留意すべきチェックリスト」を作成した.本稿では,このチェックリストの項目について,チェックリスト作成にあたり参考とした “CIOMS Working Group Ⅷ報告 ファーマコビジランスにおけるシグナル検出の実践” を参照しつつ概説する.
著者
藤田 利治
出版者
一般社団法人 日本薬剤疫学会
雑誌
薬剤疫学 (ISSN:13420445)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.27-36, 2009 (Released:2009-09-30)
参考文献数
11
被引用文献数
53 47

During the post-approval period, hypotheses about potentially new adverse drug reactions (ADR) have traditionally emerged from passive surveillance systems that collect large volumes of spontaneous case reports of suspected adverse drug reactions. With signal detection by traditional (or conventional, or manual) methods, quantitative (or statistical, or automated) methods for spontaneous reporting system (SRS) databases were introduced in the late 1990’s in order to detect serious ADR as early as possible. Most quantitative methods rely on comparisons of relative reporting frequencies, also known as disproportionality analyses. In FY 2009, the Pharmaceuticals and Medical Device Agency (PMDA) plans to introduce the quantitative methods (data mining method) used on Japanese SRS database. This paper introduces the recent situation on signal detection and signal management of adverse drug reactions.
著者
甲斐 健太郎 池田 俊也 武藤 正樹
出版者
一般社団法人 日本薬剤疫学会
雑誌
薬剤疫学 (ISSN:13420445)
巻号頁・発行日
vol.17, no.2, pp.75-86, 2013-02-20 (Released:2013-04-10)
参考文献数
70
被引用文献数
3 4

海外において,アセトアミノフェンは鎮痛剤の標準薬として広く活用されている.例えば,WHO はアセトアミノフェンをエッセンシャルドラッグとし,各国の様々なガイドラインも鎮痛の薬物療法の第一選択薬としている.この理由の一つとして,アセトアミノフェンの有効性と安全性が挙げられる.特に安全性について,アセトアミノフェンは同じ非オピオイド性鎮痛剤である非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)に対し,消化器系障害,腎障害,出血傾向,心血管障害等の副作用リスクが低いとされている.一方,本邦においては,現在 NSAIDs の使用が一般的であり,アセトアミノフェンの鎮痛目的利用は少ない状況にある.これは,これまでアセトアミノフェンの承認用量が諸外国に比し少なく,鎮痛効果を得づらかったことが主要な原因の一つと考えられる.しかしながら,2011 年 1 月にアセトアミノフェンの承認用量が海外同様の水準に拡大され,アセトアミノフェンによる鎮痛効果を得ることが以前より容易になった.今後は日本でもアセトアミノフェンの鎮痛目的利用が増える可能性がある.わが国で汎用されている NSAIDs においては,特に消化器系障害に対し,その予防のため,防御因子増強剤,H2ブロッカー,プロトンポンプインヒビター(PPI)等の消化性潰瘍用剤が併用されることも多い.一方,アセトアミノフェンはそのような副作用リスクが低いため,消化性潰瘍用剤も必要ない.アセトアミノフェンの鎮痛目的利用が拡大すれば,鎮痛における薬剤費の低減効果も期待できる. (薬剤疫学 2012; 17(2): 75-86)
著者
高橋 佳苗 長尾 能雅 足立 由起 森本 剛 市橋 則明 坪山 直生 大森 崇 佐藤 俊哉
出版者
一般社団法人 日本薬剤疫学会
雑誌
薬剤疫学 (ISSN:13420445)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.11-20, 2011 (Released:2011-10-05)
参考文献数
27
被引用文献数
3 3

Objective:It is well known that the use of benzodiazepines is associated with falling in elderly people, but there have been few researches focused on changes in the dose of benzodiazepines and falls. If the association between changes in the dose of benzodiazepines and falling becomes clear, we may take an action to prevent falling.In this study, we investigated the association between changes in the dose of benzodiazepines and falling among elderly inpatients in an acute-care hospital.Design:Falling generally results from an interaction of multiple and diverse risk factors and situations, and medication history of each subject must be considered in this study. We conducted a case-crossover study in which a case was used as his/her own control at different time periods. Therefore covariates that were not time-dependent were automatically adjusted in this study.Methods:Subjects were patients who had falling at one hospital between April 1, 2008 and November 30, 2009. Data were collected from incident report forms and medical records. Odds ratio for changes in the dose of benzodiazepines were calculated using conditional logistic regression analyses.Results:A total of 422 falling by elderly people were eligible for this study. The odds ratio for increased amounts of benzodiazepines was 2.02(95% Confidence Interval(CI):1.15, 3.56). On the other hand, the odds ratio for decreased amounts of benzodiazepines was 1.11(95%CI:0.63,1.97).Conclusion:There was an association between increased amounts of benzodiazepines and falling. Hence, it is considered meaningful to pay attention to falling when amounts of benzodiazepines are increased to prevent falling in hospitals.
著者
池田 俊也
出版者
一般社団法人 日本薬剤疫学会
雑誌
薬剤疫学 (ISSN:13420445)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.11-17, 2018-05-31 (Released:2018-07-09)
参考文献数
12

ワクチンの導入にあたってはその有効性と安全性の評価が重要であることは言うまでもないが,定期接種化のように公的な財源を用いて広く導入を行う際にはその費用対効果についても合わせて考慮する必要がある.本稿では,まず諸外国における費用効果分析のワクチン政策への利用状況として,米国 ACIP と英国 JCVI の状況を紹介する.次に,わが国の厚生科学審議会感染症分科会予防接種部会や厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会における取り組み状況について概説する.さらに,研究手法の標準化の必要性を述べるとともに,筆者らがこのほど作成した予防接種の費用対効果の評価に関する研究ガイドラインの概要を述べる.本ガイドラインはすでに中医協で利用されている費用対効果評価の分析ガイドラインを参考に,割引率の値など可能な範囲で統一を図りつつ,生産性損失や herd effect などワクチンに特有の課題を加味することにより策定した.本ガイドラインに準拠して統一的な手法により経済評価が実施することにより,各ワクチンの定期接種化の是非や優先順位,接種対象,接種方法などに関して,財政影響や社会的見地からの価値を踏まえたうえでの科学的議論を行うことが可能となる.
著者
池田 正行
出版者
一般社団法人 日本薬剤疫学会
雑誌
薬剤疫学 (ISSN:13420445)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.55-62, 2008 (Released:2008-11-07)
参考文献数
7
被引用文献数
1 1

わが国では、独立行政法人医薬品医療機器総合機構 (PMDA) と厚生労働省が、公的機関として連携してファーマコビジランスを行なうと謳われている。FDAのCDER (Center for Drug Evaluation and Research) / CBER (Center for Biologics Evaluation and Research) だけでも、三百数十人の医師がいるのに、日本のFDAといわれるPMDA全体でも、20名前後の医師しか確保されていない。社会的な評価が低い、診療職よりも収入が低いことを含め、複数の要因により医師不足が生じている。多くの品目で審査を担当すべき適切な専門医を欠く結果、小児循環器科医が過活動性膀胱治療薬の審査をせざるを得ないといった専門外審査が常態化している。医師の診療行為が刑事訴追を受け、厚労省の官僚が行政判断に対し個人的責任を問われ有罪が確定する時代に、このような専門外の活動を強いられている審査員の危機感は非常に強い。規制当局や製薬企業に対し、未承認薬の早期承認や市販後安全性管理を厳しく要求しながら、それを支える人材を全く育成しようとしない医師達の中から、PMDAを志望する医師を育てていくためには、単に募集枠を広げる以上の改革が是非とも必要である。第一に、兼業規制の緩和、サービス残業の抑制、前時代的な成果主義の撤廃といった労働環境の改善。 第二に審査免責制度の確立と法務部門の設立。第三に市販後安全性部門への臨床医の配置である。より開かれたPMDAにより、PMDAの外にいる人々がPMDAにもっと貢献できるようになることが、ファーマコビジランスに対するメディアと一般市民への深い理解につながる。
著者
漆原 尚巳
出版者
一般社団法人 日本薬剤疫学会
雑誌
薬剤疫学 (ISSN:13420445)
巻号頁・発行日
vol.19, no.2, pp.123-132, 2015-02-20 (Released:2015-03-30)
参考文献数
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医薬品リスク管理計画は,医薬品医療機器総合機構ホームページにて「開発の段階から製造販売後に至るまで」と述べられるように,その医薬品の Lifecycle 全体に及ぶものである.2012年4月の「医薬品リスク管理計画指針について」通知により,日本にもようやく公的に市販後リスクマネジメントが開始され,整備されつつある現在,承認された新薬の安全性リスク管理計画書が多数公開されるようになった.その一方で,リスク管理計画書に示す安全性検討事項の大部分を決定するためのエビデンスを形成する非臨床および臨床データは,承認前の開発時安全性評価を通じて得られるにもかかわらず,日本で開発段階における安全性データの収集,評価過程に焦点を当てた議論はいまだ稀少である.本稿では,CIOMS WG VI 報告書 “Management of Safety Information from Clinical Trials”,および米国研究製薬工業団体 The Safety Planning,Evaluation,and Reporting Team からなされた提案を取り上げ,開発段階における系統的な安全性評価について概説する.