著者
佐藤 亮介 萩原 加奈子 喜多 綾子 杉浦 麗子
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.147, no.6, pp.340-345, 2016 (Released:2016-06-11)
参考文献数
25

ERK MAPK経路やPI3K/Akt経路といった細胞内シグナル伝達機構は真核生物に高度に保存されており,細胞増殖や分化,アポトーシスといった様々な生命現象を制御している.このようなシグナル伝達機構に破綻が生じると,がんや自己免疫疾患,糖尿病,神経変性疾患などの疾病の引き金となることが知られている.したがって,シグナル伝達機構の制御機構を明らかにすることは,病態のメカニズム解明にとどまらず,疾病治療という観点からも極めて重要である.近年,シグナル伝達ネットワークを時空間的にダイナミックに制御する機構として,「RNA顆粒」という構造体が注目を集めている.ストレス顆粒やP-bodyといったRNA顆粒は,ポリ(A)+ RNAやRNA結合タンパク質などから構成されており,mRNAのプロセシングや分解,安定化といった転写後調節に関わる「RNAの運命決定装置」として発見された.我々は酵母遺伝学とゲノム薬理学的研究を展開することにより,MAPKシグナル依存的にストレス顆粒に取り込まれるRNA結合タンパク質を同定し,MAPKシグナルがストレス顆粒の形成を制御していることを見出した.さらに,カルシウムシグナルのキープレーヤーであり,免疫抑制薬FK506の標的分子でもあるSer/Thrホスファターゼ「カルシニューリン」がストレス顆粒に取り込まれることで,カルシニューリンシグナルが空間的に制御されていることを見出した.このような「ストレス応答やシグナル制御の拠点」としてのRNA顆粒の役割に関して種を超えた理解が進みつつあり,異常なRNA顆粒の形成と神経変性疾患やがんなどの病態との興味深い関係が浮かび上がりつつある.本総説では,我々の研究が明らかにしたシグナル伝達制御とRNA顆粒との関わり,その疾患治療への応用の可能性について紹介する.