著者
杉谷 篤
出版者
日本脳死・脳蘇生学会
雑誌
脳死・脳蘇生 (ISSN:1348429X)
巻号頁・発行日
vol.32, no.2, pp.74-85, 2020-08-11 (Released:2020-08-11)
参考文献数
9

「脳死は人の死か」という命題は,1968年の和田心臓移植によってもたらされた臓器提供・移植に関する最大課題であった。医学界の自らの手で解明されることはなく曖昧なままで,払拭し難い医療不信を国民に抱かせることになった。移植医と移植医療に対する批判は峻烈を極め,1997年の臓器の移植に関する法律(臓器移植法)成立,13年後の同法改正のときも,法学,倫理学,宗教学,文化人類学にわたる専門家をはじめ,患者とその家族から一般国民を巻き込む論争になっている。 医療行為は患者・医師の信頼関係に基づく裁量権の行使で成立している。わが国における法的脳死判定後に「生き返る」事例は限りなくゼロに近い。私は移植医として,臓器摘出手術の執刀をするのは「ドナーが死んでから」である。「人はいつ死ぬか」という命題を議論するとき,医療にかかわる問題は,法律,宗教,文化などの人間の営みにかかわる深い造詣が必要であるが,最終的には医師というプロ集団で決定されなければならないと思う。 臓器提供システムの整備や提供シミュレーションも重要であるが,医療分野の専門家がこの最大命題に対する答えを見出す努力をして移植医に教えていただきたい。医学界が真相究明に一致団結できなかった和田心臓移植の悔恨を二度と繰り返さぬことを希望する。