著者
東海林 良昌
出版者
佛教大学
雑誌
佛教大学総合研究所紀要 (ISSN:13405942)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.281-294, 2009-03-25

「随自顕宗・随他扶宗」の語は,浄土宗第七祖聖冏(一三四一-一四二〇)の教学を特徴づける概念として広く用いられている。すなわち「随自顕宗」とは,自宗の経論や論理を用いてその立場を明らかにすることであり,「随他扶宗」とは,他宗の経論や論理を用いて自宗の立場を扶助するという意である。言うまでもなく,聖冏は,教団の組織面と教理面において,浄土宗一宗の独立を基礎づけたとして評価されてきた。しかし,特に教理面で,二祖三代の教学とは異なる独自の論理を展開させていることから,これまで細心の注意をもって取り扱われてきた研究史がある。本稿では,聖冏教学に対する代表的な見解として,江戸時代中期浄土宗を代表する学僧の一人である大玄(一六八〇-一七五六)の思想を取り上げ,聖冏教学に対する分析や「随自顕宗・随他扶宗」の語について考察を行った。