著者
松下 由美子
出版者
和歌山県立医科大学
雑誌
和歌山県立医科大学看護短期大学部紀要 (ISSN:13439243)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.69-77, 2002-03

他の人間関係では許されないことが、「親密さ」ゆえに、夫婦や恋人の間では許されている。ドメスティックバイオレンスにおける「なぜ逃げないのか」という疑問は、暴力の被害者である女性に、別れるか否かの選択を強いるが、暴力を振るう男性側の責任は問うていない。Gelles,R.J.とStraus,M.A.は女性が逃げ出さない理由を、(1)暴力被害の程度、(2)子ども時代の虐待経験の有無、(3)女性自身の経済力、(4)子どもの有無に分けて述べている。しかし重要なのは、なぜこれらが「女性が逃げ出せない」理由となるのか、という点である。本論文は、「なぜ(女性が)逃げないのか]という疑問に、「なぜ(男性が)暴力をふるうのか」という観点から答えようとした。暴力をふるう方は自分に暴力をふるうだけの正当な理由があると思っている。そうした加害者からの巧みな理由付けにより、被害者は暴力をふるわれた原因が自分にあると思わせられる。そうして、殴った罪悪感の方は女性が負い、男性の暴力行為はそのまま続いてきた。「なぜその時に暴力を振るったのか」という問に対する男性の答えから、実に些細なことで暴力を使うことが明らかとなっている。実は、加害者が暴力をふるうのに、正当な理由が必要なわけではない。自分の非を暴力でカモフラージュし、服従の強要と権威の誇示が暴力をふるう原因として挙げられる。近代産業社会の登場は、生産労働=男、家事労働=女という性に基づく分業と、女性の経済的依存を発生させ、男性による女性の支配関係を碓実にした。そしてこの支配関係は、女性としての役割をおろそかにした、女らしく振る舞っていないという理由で暴力が許される環境を作りだし、被害者側に暴力の原因を認めさせることになり、暴力行為をより促進させていると考えられる。