- 著者
-
松井 毅
- 出版者
- 日本ウイルス学会
- 雑誌
- ウイルス (ISSN:00426857)
- 巻号頁・発行日
- vol.66, no.1, pp.31-38, 2016-06-25 (Released:2017-05-09)
- 参考文献数
- 42
陸上脊椎動物は,約3億6千万年前に両生類が気相環境に適応できるようになり陸上に進出したと考えられている.その際に,体表面においては,増殖細胞が散在する多層化した上皮構造から,増殖層が最下層にあり最上層で剥離していく重層扁平上皮構造を獲得した.その中で,最も体表面に存在し,気相環境に対するバリアを担っている層が,死細胞からなる角質層である.地球上に現存する両生類・爬虫類・鳥類・哺乳類を含むすべての陸上脊椎動物が,この角質層バリアを持っている. 哺乳類は,約2億2千万年前に出現したが,その際に,皮膚特異的遺伝子群がゲノム上に獲得され,柔らかく保湿された角質層が形成されたと考えられる.さらに,多数の内在性レトロウイルスも,哺乳類の発生時に,ゲノム上に多く取り込まれたと考えられる.中でも,Skin ASpartic Protease (SASPase)/ASPRV1 は哺乳類特異的に獲得されたレトロウイルス型プロテアーゼであり,アトピー性皮膚炎の疾患素因として知られる哺乳類皮膚特異的蛋白質プロフィラグリンを分解する.欠損マウスの解析から,SASPaseは哺乳類の角質層の特徴である「保湿」に関わることが明らかになっている.すなわち,哺乳類出現時に,レトロウイルス様配列のDomesticationによる外適応(Exaptation:イグザプテーション)が皮膚の適応進化の際に起きた例と考えられる.ゲノム中に多数存在している内在性レトロウイルスの中には,皮膚表皮の多彩な機能獲得に関わってきた可能性がある.