著者
柏本 隆宏 カシモト タカヒロ KASHIMOTO Takahiro
出版者
西南学院大学大学院
雑誌
西南学院大学大学院研究論集 (ISSN:21895481)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.47-106, 2016-02 (Released:2016-05-30)

本研究の目的は、キリスト教再建主義(Christian Reconstructionism)の神学思想が、教理史・教会史的にどのような背景を持ち、「神の国の建設」という宣教(mission)の観点からどのように位置付けることが出来るかについて考察することである。そして、そのための予備的考察において、再建主義者が、1960年代後半以降アメリカで広がった世俗的人間中心主義(secular humanism)と対決する一方で、福音派(evangelicals)を含め、聖書を誤りなき神の言葉として信じるキリスト者において広く信じられていた契約期分割主義(dispensationalism)を批判するという問題意識を持っていたことを確認した。そして、契約期分割主義においては、反律法主義的な傾向が見られると共に、この世はサタンが支配しているので、正義と平和の実現のために行動するのは無意味であると考えられていることを、再建主義者は問題にしていることが明らかになった。キリスト教再建主義の神学者であるゲイリー・デマー(Gary DeMar)は、ゲイリー・ノース(Gary Kilgore North, 1942-)との共著『キリスト教再建主義――それは何であるか。また、何でないのか』(1991年)において、再建主義の神学的特徴として、再生(regeneration)の必要性の強調、現代社会に対する聖書の律法(Biblical law)の適用、前提主義(presuppositionalism)に基づく認識論、脱中央集権型の社会秩序(decentralized social order)の志向と共に、千年期後再臨説(postmillennialism)に基づく終末論を挙げている。千年期後再臨説とは、キリスト教の終末論の一つである千年期説(millennialism)の中の一つの立場である。千年期説は「万物の終わりがくる前にキリストが千年間地上を治められる(黙示録20:1-5)という信仰」と一般的に理解されている。その上で、イエス・キリストの来臨(παρουσία)と地上支配の時期をめぐって、(1)千年期の「前に」イエス・キリストの来臨があると考える千年期前再臨説(premillennialism: 前千年王国説)、(2)千年期の「後に」イエス・キリストが来臨すると考える千年期後再臨説(postmillennialism:後千年王国説)、(3)千年期の存在を否定する無千年期説(amillennialism: 無千年王国説)という3つの見方が教会史の中で夫々展開されてきた。千年期後再臨説は、福音の宣教を通じて神の国が進展していき、あらゆる悪が征服されていくと説く。しかし、このことは、人間が自分の力だけで神の国をもたらすことが出来、神の計画をも左右し得ると考えているかのようにしばしば受け取られてきた。マーク・ユルゲンスマイヤー(Mark Juergensmeyer)は、再建主義者が千年期後再臨説に基づき、「キリスト教徒はキリストの再臨を可能にするような政治的、社会的条件を整備しておく義務をもっている」と考えているという見方を示している。アメリカ宗教史を専門とするマイケル・J. マックヴィカー(Michael J. McVicar)も、「非常に単純化している」と断りつつも、千年期後再臨説について「キリスト者がまず神の国を確立した後、イエス・キリストは地上を支配するために戻って来るだけである(will only return to rule the earth)」と説明している。こうした見方から、再建主義者の千年期後再臨説は、現代社会に対する律法の適用を説く神法主義(theonomy)と共に、キリスト教の内外において厳しい批判や激しい反発を受けてきた。例えば、栗林輝夫は「キリストの再臨を人間の力で早めるというのは、神学的にナンセンスである」と批判している。勿論、そのような批判に対し、再建主義者は、自らが拠って立つ千年期後再臨説に対する弁証に努めてきた。再建主義者に対する批判、及びそれに対する彼らの弁証の妥当性について検討するためには、彼らの千年期後再臨説がどのような背景を持ち、実際のところ何を主張しているのかを押さえる必要があるだろう。そこで、本論文では、教会史・教理史における千年期説の展開を見ることで、キリスト教再建主義が拠って立つ千年期後再臨説が歴史的・神学的にどのように位置付けられるかについて考察を行う。第1章では、19世紀・20世紀のキリスト教神学の主流において展開されてきた終末論について、キリスト教再建主義の千年期後再臨説との対比において見ていく。次に、第2章では、最初期の教会において形成された千年期説(的思想)が、古代から宗教改革期にかけてどのように展開していったかについて論じる。その上で、第3章では、イギリスとアメリカにおける千年期説の展開について叙述する。特に、再建主義者が批判の対象とする契約期分割主義が、アメリカの保守的なプロテスタントのキリスト者の間で受け入れられていった背景と経緯について述べる。