著者
荒木 一視 柴 彦威
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.50, no.3, pp.249-265, 2004
被引用文献数
1

世界の食料経済が新たな局面を迎える中で,食料貿易は近年増加している.それは特にアジアの消費の拡大にもよるものである.アジアの大国でもある中国は,特に近年のめざましい経済成長の中で,農産物の大生産国であると同時に,大食料消費国でもある.南米から北米,アフリカからヨーロッパという食料貿易の研究は,世界システム論的な視点あるいはコモディティチェーン(商品連鎖)といったアプローチにより行われてきた.しかし,中国の食料流通に関する研究は少なく,これ抜きには東アジアの食料貿易の理解は難しい.これらのアプローチの東アジアヘの適用を検討する上で,この巨大な国の国内の流通システムの研究は不可欠である.以上のような観点から本論では,中国の青果物供給体系を明らかにすることを試みる.その際,研究事例として北京はもとより中国でも最大級の卸売市場である大鐘寺青果物卸売市場を取り上げ,3月と9月の入荷状況を検討した.両月を設定したのは,3月は多くの野菜が端境期を迎える一方,9月は出荷が最盛期を迎える時期に相当するからである.使用した資料は「大鐘寺農副産品批発(卸売)市場蔬菜水果上市行情及産地月報表」「大鐘寺農副産品批発(卸売)市場月成交量統計表」である.「月報表」では各品目ごとの入荷産地が,「統計表」では各品目ごとの取引額,取引量,最高値,最安値を含む単価がそれぞれ示されている.以上の資料を用いて具体的に北京市に入荷する青果物がどの地域からどのような形態で輸送されているのかを明らかにし,このような青果物の入荷圏がどのように形成されてきたのかなどにも言及するとともに,わが国の青果物流動との比較も行った.その結果,青果物の入荷パターンには季節的な違いが認められた.多くの農産物が出荷の最盛期を迎える9月には,同市場への入荷は北京市近郊,華北地域に集中したが,端境期となる3月には遠く華中・華南方面からも入荷が認められた.その際,単価の高いものほど遠隔から,安いものほど近郊から入荷するという傾向が確認できた.総じて,季節的な変動が認められるものの,端境期には中国全土をカバーするような北京市への青果物供給システムがすでに構築されているといえる.その背景には中国国内の経済格差が影響していることが考えられる.特に,北京の購買力の高さがこのような全国的な体系の構築において重要な役割を果たしたと考えられる.その意味では北京で豊かな消費を享受する者は,日本や米国などの消費者と同じであり,従来コモディティチェーンのアプローチなどで取り上げられた生産地と消費地の格差の問題と同様の問題が中国国内にも当てはめられる.今回確認されたのと同様の全国的な青果物供給体系を早くに構築した日本との比較では,両者の性格の違いが浮き彫りになった.また,東アジアの食料供給という観点からは,中国のもつ,供給者としての側面のみならず,強力な購買力を持ち,時に広大なスケールでの供給圏を構築しうる消費者としての側面が重要であることが確認された.これは欧米諸国への供給者として注目されたアフリカや南米の国々とは大きく異なる点であり,東アジアの食料流通を考える上での極めてユニークな特徴である.