- 著者
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栗原 悠
- 出版者
- 日本近代文学会
- 雑誌
- 日本近代文学 (ISSN:05493749)
- 巻号頁・発行日
- vol.101, pp.112-127, 2019-11-15 (Released:2020-11-15)
本稿は島崎藤村「ある女の生涯」において主人公おげんが晩年を過ごした「根岸の病院」において精神病〈患者〉として亡くなったという点に注目した。そこで、まず舞台のモデルとなった根岸病院の院長・森田正馬の言説を整理し、森田が特に〈患者〉たちの土着的な因習や信仰を精神医学の症例として読み替えていったことを指摘した。また、そこには当時の社会における宗教への脅威に合理的な説明を与えることで科学としての精神医学を確立したいというねらいがあり、テクストにおいて周囲の人々がおげんの御霊さまへの帰依を病の兆候として入院を仕向けるのはかような論理を内包したものだったとし、語りがもたらすおげんと周囲の認識の不一致によってそうした問題が批判的に捉えられていることを論じた。