著者
桂 昌司
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.117, no.3, pp.159-168, 2001 (Released:2002-09-27)
参考文献数
41
被引用文献数
1 2

依存性薬物による依存形成および退薬症候の発現機序の解明のために, 従来より諸種の実験モデル動物あるいは臨床症例を用いた薬理学的·神経化学的研究が数多く行われているが, 得られる成績には必ずしも統一した見解が得られていない.こうした見解の相違は, 主として実験に供される依存動物モデルの作製法およびその依存形成の判定法の違いなどに起因することから, 従来の方法を用いて薬物依存の成立機序を明らかにすることは困難が少なくないと考えられ, 薬物依存成立時あるいは退薬症候発現時に脳内で常に変化を来す機能性タンパクを見出し, 細胞レベル以下でのこれらタンパクの発現機序を解析することがこれらの研究のための1つの方法となり得ると考えられる.そこで, 著者らは諸種の薬物依存の成立過程ならびに退薬症候発現時に共通に認められる精神症状の1つとしての「不安」症状に着目し, 内在性不安誘発物質として同定されているdiazepam binding inhibitor(DBI)の脳内変化を測定することにより,「不安」の観点から薬物依存成立の機序との関連性とその機能的意義について, 代表的な依存性薬物であるアルコール(エタノール), ニコチンおよびモルヒネを用いて解析を試みた.その結果, 脳内DBI発現はこれら依存性薬物の連続投与に伴う依存形成時に有意に増加し, 依存性薬物の投与中止に認める禁断症状発現時にはさらに増加することが確認された.しかもこれらいずれのDBI発現の増加も, 使用した依存性薬物(ニコチンおよびモルヒネ)ではその特異的受容体拮抗薬の併用投与により消失した.したがって, 薬物依存の形成および禁断症状の発現に脳内DBIの発現変化が機能的に関与していること, およびこの現象は諸種の依存性薬物により誘発される薬物依存の形成に共通の生体内反応である可能性が強く示唆される.またDBIの発現機序の解析は, 今後薬物依存の形成過程ならびにその禁断症状発現の機序を明らかにする上で重要な役割を担う可能性があると考えられる.