著者
桑原 昭徳
出版者
山口大学
雑誌
教育実践総合センター研究紀要 (ISSN:13468294)
巻号頁・発行日
vol.23, pp.1-16, 2007-03-25

2006年の10月初旬、6ヵ月後には定年退職をむかえる60歳のC教諭の2年国語授業を参観した。これが授業を通してのC教諭との最初の出会いとなった。学級の児童は12名なのだが、授業が始まる前に、子どもたちは教室の時計やチャイムの音を気にもしなかった。開始定刻に着席できず、学習準備もできなかった。端的に言えば、「学習規律」が指導されていない学級であり、授業なのであった。学年が始まってすでに半年が経過しているというのに、授業の指導技術の中でも最も基本的な「遅刻・私語・忘れ物」が克服されていないのであった。国語授業のなかで物語文を学習するための「学習方法」は考慮されているのだが、発問が子どもに理解されづらい。無限定の発問であるので、子どもたちが応答しようのない場合があった。結果として、会話を中心として展開され、わかりやすい物語であるにもかかわらず、子どもたちが登場人物に同化しながら、考えたことをきちんと発表することができなかったし、子ども自身が「わかった」という実感が持ちづらい授業となった。第2回目のC教諭の授業の参観は、筆者から申し出て10月20日となった。最初の授業参観から数えて、14日後のことである。この日、3時間目の音楽と4時間目の算数を参観することになった。算数は、授業の始まりから15分間をC先生が指導して、桑原と校長先生が参観した。残りの30分間の授業は、同じ教材を用いて桑原が指導して、C先生と校長先生が参観した。授業が終了した直後の10分間、校長室でC先生に助言する時間を持った。第3回目のC先生の授業の参観は、11月16日午後から開催されるB小学校の他学年の授業研究の日の4時間目に、筆者がC教諭の授業参観を希望するという形で実現した。この日の授業の始め方は、従来の子ども達とは違っていた。C教諭が「10、9、8」と声をかけると、子どもたちは一斉に「7、6、5、4」とカウントダウンの声を続けた。「3、2、1、ゼロ」で終わると、今度は一斉に「日直さん、お願いします」と言った。すると、日直の子どもが前に出て「気をつけ、れい、お願いします」と合図の声を発した。この声に合わせて、子どもたち全員が11時30分の定刻に、緊張感とともに授業を始めることがで?きたのであった。学習内容は掛け算九九の「6の段」であり、「6の段」の練習活動が展開された。学習規律の定着とともに、子どもたちの授業への参加の度合いや集中力は、約40日の中で明らかに向上した。第3回目の研究協議と私の指導講話の最後、それは同時に私の参加したB小学校における3回にわたる公式の授業研究の最後でもあったのだが、私は次のようにC先生とB小学校の先生方に呼びかけた。「どうかC先生、3月下旬の終業式まで、授業改善をしつづけてほしい。ほかの先生方はC先生を支えてあげてほしい」とお願いするとともに、「C先生が退職をされる最後の日まで、良い授業をしようとして努力され、笑顔とともにお辞めになった」という風の便りが、いつの日にか、私の耳に届くことを楽しみしていると伝えた。
著者
桑原 昭徳
出版者
日本教育方法学会
雑誌
教育方法学研究 (ISSN:03859746)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.151-158, 1993-03-31 (Released:2017-04-22)

In 1912 (45th year of Meiji), Sozo Kurahashi wrote a literary work "MORINO-YOUCHIEN (Grove Kindergarten)" which he started his pedagogical study with, and practically made his debut in the world of kindergarten pedagogy as well as in the practical world of early childhood education. In this work which he drew up figuers of idealistic kindergarten, he proposed his "indirect education" as the method of early childhood education. The "indirect education" in "Grove Kindergarten" has schematically a structure of "educator-material-child" relation ("educator-thing-child" relation in generalized terms) which can be categolized as the first pattern of his "indirect education". In other articles, he proposed the second and the third patterns of relationship which were respectively "educator-child-child" ("educator-man-child"), and "educator-play-child" relation ("educator-phenomenon-child" relation in generalized terms). Like this, Kurahashi's "indirect education" has triple meanings.[table]Recently the method of "education through environment" has been recognized to be important in early childhood education. "Education through environment" that is "education through things, men and phenomena" mediate between educator's intention and child. In this sense, "education through environment" can be said to be the same as "indirect education" that was proposed by Kurahashi. The term of "indirect education" which explain the structure of "education through environment" will become a key-word in the methdology of early childhood education.
著者
桑原 昭徳
出版者
山口大学
雑誌
教育実践総合センター研究紀要 (ISSN:13468294)
巻号頁・発行日
vol.23, pp.17-31, 2007-03-25

2006年の10月初旬、6ヵ月後には定年退職をむかえる60歳のC教諭の2年国語授業を参観した。これが授業を通してのC教諭との最初の出会いとなった。学級の児童は12名なのだが、授業が始まる前に、子どもたちは教室の時計やチャイムの音を気にもしなかった。開始定刻に着席できず、学習準備もできなかった。端的に言えば、「学習規律」が指導されていない学級であり、授業なのであった。学年が始まってすでに半年が経過しているというのに、授業の指導技術の中でも最も基本的な「遅刻・私語・忘れ物」が克服されていないのであった。国語授業のなかで物語文を学習するための「学習方法」は考慮されているのだが、発問が子どもに理解されづらい。無限定の発問であるので、子どもたちが応答しようのない場合があった。結果として、会話を中心として展開され、わかりやすい物語であるにもかかわらず、子どもたちが登場人物に同化しながら、考えたことをきちんと発表することができなかったし、子ども自身が「わかった」という実感が持ちづらい授業となった。第2回目のC教諭の授業の参観は、筆者から申し出て10月20日となった。最初の授業参観から数えて、14日後のことである。この日、3時間目の音楽と4時間目の算数を参観することになった。算数は、授業の始まりから15分間をC先生が指導して、桑原と校長先生が参観した。残りの30分間の授業は、同じ教材を用いて桑原が指導して、C先生と校長先生が参観した。授業が終了した直後の10分間、校長室でC先生に助言する時間を持った。第3回目のC先生の授業の参観は、11月16日午後から開催されるB小学校の他学年の授業研究の日の4時間目に、筆者がC教諭の授業参観を希望するという形で実現した。この日の授業の始め方は、従来の子ども達とは違っていた。C教諭が「10、9、8」と声をかけると、子どもたちは一斉に「7、6、5、4」とカウントダウンの声を続けた。「3、2、1、ゼロ」で終わると、今度は一斉に「日直さん、お願いします」と言った。すると、日直の子どもが前に出て「気をつけ、れい、お願いします」と合図の声を発した。この声に合わせて、子どもたち全員が11時30分の定刻に、緊張感とともに授業を始めることがで?きたのであった。学習内容は掛け算九九の「6の段」であり、「6の段」の練習活動が展開された。学習規律の定着とともに、子どもたちの授業への参加の度合いや集中力は、約40日の中で明らかに向上した。第3回目の研究協議と私の指導講話の最後、それは同時に私の参加したB小学校における3回にわたる公式の授業研究の最後でもあったのだが、私は次のようにC先生とB小学校の先生方に呼びかけた。「どうかC先生、3月下旬の終業式まで、授業改善をしつづけてほしい。ほかの先生方はC先生を支えてあげてほしい」とお願いするとともに、「C先生が退職をされる最後の日まで、良い授業をしようとして努力され、笑顔とともにお辞めになった」という風の便りが、いつの日にか、私の耳に届くことを楽しみしていると伝えた。