著者
森川 均一 鮫島 宗堅
出版者
日本森林学会
雑誌
林學會雑誌 (ISSN:21858187)
巻号頁・発行日
vol.12, no.12, pp.711-732, 1930-12-10 (Released:2009-02-13)
参考文献数
31

(一) 概して毬果の縦の方向に於ては、中部の種子は其體積、氣乾重量及絶對乾量の何れも最大にして、先端部之に亞ぎ、基部は最も輕小にして、從來既に知られ居る如くなるも、此毬果の縦の方向に於ける種子大小の差異は甚だ少く、返つて之よりも毬果の周圍に於ける種子の大小變異の力が著しく大にして、種子の良否に對し重大なる意義の存するを認めらる。即ち此原因は毬果の周圍の各鱗片が、總て同一の強度又は時間の光線を受ける事は有得ない爲に、日光に強く又は長く照射される部分の鱗片は、然らざる鱗片よりも水分の蒸散作用が著しく盛となり、其水分の不足を補給する爲に、特に其部分の鱗片に水分が多く上昇し來り、次第に其鱗片に向へる維管束も發達して太くなり、益々水分の供給が大となる故、此水分と共に營養も多く供給され、又之と同時に日光に良く照射される部分の鱗片には、より多くの同化作用行はれ、植物の營養となる炭水化物も増加する故、此部分の種子は良く充實した重き大粒種子となる。 (二) 毬果上の着生部位に依る授精率は、毬果の先端部最大にして中部之に亞ぎ、基部は最も少い。然し此授精率の大小よりも、毬果の鱗片の大小の方が直接蒸散作用並に同化作用に影響するを以て、種子の大小に關係する事大である。 (三) 一〇-三〇年生の母樹に生じた種子は、八〇年生の如き老齡に達したものより産した種子よりも大である。 (四) 種子の發芽率は毬果の中部最大にして、先端部之に亞ぎ基部最も不良にして、之又從來知られたる結果と同様なるも、然し此の毬果の縦の方向の發芽率の變異よりも、毬果の周圍に於ける發芽率の變異の方が著しく大である。即ち發芽率は種子の大小と常に並行せるを見る。然し毬果の周圍に於ける種子の體積、重量の變異は非常に大なりしも、發芽率の變異は右の如き傾向存するも、其差は甚だ少い。之は劣等なる小粒種子にも、比較的多く發芽するに依る。 (五) 赤、黒松稚苗の子葉數は四-一〇枚なるも、一〇本の子葉を有するものは極めて稀にして、通常四-九本である。而して兩樹種共に子葉六枚を有するものが最も多きに拘らず、赤松大粒種子にては其五〇-七〇%が子葉七枚以上を有するも、同小粒種子は子葉七枚以上のもの一〇%以下にして、甚だしきは一%に過ぎないものもある。 黒松に於ては、大粒種子は其六〇-八三%が子葉七枚以上を有すれども、同小粒種子にては、之を一〇-三五%産するに過ぎない。 即ち母樹の老幼を問はず、大粒種子は小粒のものよりも、子葉の多き苗木を著しく多く生ずる。 (六) 黒松の大粒種子よりも赤松の大粒種子の方が子葉の多き苗木(子葉七枚以上のもの)を生ずる割合の劣るは、黒松にては種子の長さ六-七粍のもの比較的多きも、赤松にては之の甚だ少きに依り、又黒松小粒種子より赤松小粒種子の方が、子葉多き苗木を生ずる割合の著しく劣る事は、赤松では長さ三-四粍の種子多きも、黒松では之の甚だ少きに依るものと思考せられる。 (七) 母樹の年齡に就ては、赤、黒松共に約三〇年生の母樹より産せし種子は最も子葉多く、約一〇年生の母樹所産種子之に亞ぎ、約八〇年生の老齡に達せる母樹より採取せる種子は、發芽率は可なり大なるも子葉數の多きもの最も少い。即ち子葉數の多少は母樹の老幼に就ても、其種子の大小と並行せるを示し、而して壯齡に達せる約三〇年生の母樹に生じたる種子は、一〇年生又は八〇年生の母樹所産種子よりも最も多くの營養を母樹より供給され居るを實證して居る。 (八) 斯くの如く種子の大小と子葉數との間に、相當密接なる關係を有する生理的理由は、松の子葉は一見輪生せる如く見ゆるも、實際は螺旋状に配列し居るものにして、母樹より供給される營養が多き程胚は肥大し、從つて子葉の分化も發達して、子葉が長く又は數多くなるものにして、種子に供給される營養の多き程内容充實して、重く大なる優良種子となる事と並行し、而して一般に重大なる種子は、生長旺盛な優良苗を多く産すると云はれ居るは、赤、黒松の如きものにありては、充實せる重大な種子には子葉多く、子葉多き稚苗は、樹木の主成分が炭水化物なるを以て、子葉の少きものよりも同化作用盛である事が、早く生長せしめる主因となり、順次發生し來る初生葉や、通常葉の發生、發達も加速度的に早くなり、其結果益々早くより同化作用が旺盛となり、其生長量に大なる差異を生ぜしめ、健全なる優良苗になるのである。 (九) 樹木が幼齡にて開花結實すると云ふ事は、多くの場合母樹の遺傳性に依るよりも、其立地の良否に基く事大にして、立地良好なれば幼母樹産林木にても、其遺傳性表れず生長宜しきも、立地良好ならざれば老母樹産林木にても、幼齡にて開花、結實して生長衰へる。故に此樹木の開花、結實の年齡に關する遺傳性に拘泥するよりも、母樹の生育せし立地並に現存林木の立地に注意する方が重要である