著者
椎野 勇太
出版者
独立行政法人国立科学博物館
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

古生代中期に大繁栄した翼形態型腕足動物スピリファー類は,殻の形態機能によって自動的に殻内外の水を交換できる「ろ過機能体」であった.具体的には,翼形態種の殻正中線上に見られる湾曲部が,自動的な流入・流出を助ける圧力差を殻の開口部に生み出し,殻内側でらせん状渦流を発生させる形態機能を持つ.これによって,翼形態種が殻内側に持っている螺旋状の採餌器官を用いて効果的な採餌を行う適応形態であった.一方,「燕石」の所以でもある側方に伸びた翼様形態については,殻内側で生じる渦流に関与していることが予想されつつも,翼形態まわりに生じる乱流現象によって,具体的な機能や効果は不明であった.この問題を解決するために,翼の発達したCyrtospirifer cf. verneuiliを用いて流水実験および流体解析の比較研究を行い,その上で流体解析のデータを慎重に検討した.その結果,翼を持つスピリファーの受動的採餌水流は,翼形質の開口部付近で流れが剥離し,開口部と殻の下流側に生じる大きな剥離渦が強く影響していることがわかった.そしてこの剥離渦が開口部付近の流れを断続的に引きずるような挙動となり,殻の内側で渦が形成された.これら一連の研究結果を踏まえると,これまでに扱ってきた短翼形のスピリファー類は,水の流入と渦流の形成をサルカスだけで担う一方,長翼形のスピリファー類はサルカスの機能によって水を流入させ,翼様形質の効果によって渦流を形成していたと結論付けられる.つまり,前者は特定の安定した環境で効果を発揮し,後者は形質の持つ機能を役割分担(リスク軽減)をすることで幅広い環境へと適応することができたかもしれない.翼の未発達な種に比べ,様々な環境から長い翼を持つ種が産出することが知られており,形態機能の"ロバストさ"が幅広い適応環境を生み出していたことが強く示唆される.