著者
楠瀬 佳子
出版者
京都精華大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1999

現在は過去の連続線上にあり、過去の絶えまない再構築をくり返し、歴史は書き換えられていく。だが、誰にとっての歴史であるのかという視点を絶えず確認しなければならないだろう。とりわけ、南アフリカではアパルトヘイト政策のもとに、白人支配の立場から歴史が語られてきた。アフリカ人は長年にわたりあらゆる人権が奪われ、歴史から意図的に抹殺され、歪曲されたのである。こうした人種の強迫観念にとらわれた歴史をどのように書き換えるかは、過去を問い直し、現代と未来を再構築する重要な作業であり、国民国家をどう形成するかにつながる。南アフリカの女性たち、とりわけアフリカ人女性は、アパルトヘイト(人種隔離政策)体制のもとで「人種」「階級」「性」による三重の抑圧を受けてきた。さらには家父長制のもとで、家庭では父親、叔父、夫、息子によって支配され、労働の現場でも、男性の監督官や支配人に管理されてきたのである。女性の生活や経験は社会的に完全に無視され、社会の周縁におかれて見えない存在であった。本研究においては、数多くの女性にインタビューをしたり、真実和解委員会での証言を分析したり、文学に描かれた女性像をたどりながら、女たちの声を通して女性の実態を、明らかにした。こうした作業は歴史の再構築には欠かせないものであるが、時間的制約のなかでは、ほんの一部しか明らかにすることはできなかった。膨大な資料や、貴重な資料が手付かずのままであるので、今後もこうした研究を継続していきたい。歴史学のみでなく、文学、社会学、宗教学、自然史、博物学、人類学、政治学、経済学、女性学などあらゆる学問分野の共同作業も視野にいれなければならないだろう。