著者
樋口 宗史 椎谷 友博 村瀬 真一
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.137, no.4, pp.166-171, 2011 (Released:2011-04-11)
参考文献数
27
被引用文献数
1 1

ニューロペプチドY(NPY)を含む視床下部神経ペプチド群は中枢性摂食制御に重要な役割を持ち,そのうちNPYが最も強い摂食誘導作用を持っている.NPYは末梢からの情報を入力する弓状核(ARC)に存在するNPY神経で主に合成され,その神経の多くは同様の摂食誘導作用を持つAgRPと共存し,視床下部室傍核(PVN)などに線維連絡している.ARCからの神経投射を受けるPVNではY1,Y2,Y4,Y5受容体を含み,摂食の統合中枢として知られている.しかし,これまでのNPYノックアウト,Y1,Y5受容体ノックアウトマウスの発現系では摂食行動,体重に変化がないか,逆に肥満が発症するので,何らかの代償機構が存在していた.この機構がノックアウトマウスによる発育障害の可能性を除くために,NPY,Y1-Y5受容体mRNAを成体脳内で長期にノックダウンするsiRNAベクターを用い,視床下部神経核(特にARCとPVN)でのNPY,Y受容体サブクラス(Y1,Y2,Y4,Y5)の生理的機能を確かめた.siRNAベクターは脳内1回投与で1週間以上,局所でのY受容体サブタイプmRNAとその発現タンパク質を著しく減少させた.NPY siRNAベクターはARCに注入した時のみ,摂食行動と体重を著しく減少させたが,RVNでは症状を示さなかった.一方,NPY Y1あるいはY5受容体ノックダウン用siRNAベクターは逆にPVNに注入した時のみ,有意な摂食行動と体重の減少を生じた.Y1およびY5受容体siRNAベクターは併用すると相加効果が得られた.Y2,Y4受容体siRNAベクターは神経下部諸核では症状を示さなかった.このように,成熟マウス脳内ではPVNのY1とY5受容体がNPYの摂食誘導作用に主たる働きを示しており,Y受容体サブクラスの摂食行動への作用の部位選択性と成体脳での代償機構の存在が示された.
著者
樋口 宗史 山口 剛 仁木 剛史
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.127, no.2, pp.92-96, 2006 (Released:2006-04-01)
参考文献数
16
被引用文献数
2 3

摂食行動は中枢視床下部摂食中枢の神経細胞に存在する10種あまりの摂食関連神経ペプチド遺伝子の発現により精密に調節されている.その主体をなすものは視床下部弓状核にある摂食誘導性のNPY/AgRP神経と摂食抑制性のα-MSHを産生するPOMC(proopiomelanocortin)神経の拮抗的支配であることが明らかになってきた.NPYは弓状核NPY-Y1とY5受容体を介して最も強い摂食誘導を引き起こす中枢内在性の神経活性ペプチドである.絶食負荷は摂食行動を強く誘導するが,これは末梢での血糖,インスリン,レプチンの低下が摂食中枢の神経ペプチドNPY/AgRP遺伝子転写を誘導し,逆に摂食抑制性のPOMC,CART遺伝子を抑制することに依る(血糖恒常説,脂肪恒常説).摂食関連ペプチド群の中でNPY遺伝子発現系が摂食調節にどのように関わるかを調べるために,NPY-Y5受容体ノックアウトマウスの摂食行動と脳内摂食関連ペプチド遺伝子発現の変化が調べられた.急性投与ではNPY受容体Y1,Y5アンタゴニストはそれぞれ摂食行動を有意に抑制するが,NPY-Y5受容体の生後よりの持続的遮断を反映するY5受容体ノックアウトマウスでは逆に特徴的な肥満と,それに伴う自由摂食時と絶食負荷時の摂食量の増加が認められた.自由摂食時の視床下部弓状核でのNPY遺伝子発現は著しく減少していたが,摂食抑制性のPOMC遺伝子発現は弓状核で有意に減少していた.絶食負荷時にはこれらの遺伝子発現の変化が増強された.NPY受容体ノックアウトを用いた実験から,NPY神経系が持続性遮断されるような状態では他の摂食関連遺伝子発現,特にPOMC遺伝子発現が視床下部摂食中枢で代償的に変化する代償機構の存在が明らかになった.