著者
櫻井 治彦
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本毒性学会学術年会
巻号頁・発行日
vol.44, pp.S26-2, 2017

産業の場では、従来利用されたことのない化学物質が今後も次々と導入されることが予想される。特に研究開発、製造等の川上側では、労働者が相対的に高いリスクを負うことが危惧される。<br> 産業衛生の目的は労働者の健康を守ることであり、そのための化学物質管理では、労働者の曝露の特徴をまず念頭に置く必要がある。1日8時間、週5日を基本とする吸入経路の断続曝露が主に起こっており、その場合のトキシコキネティックスに関する定量的な情報が求められる。特に粒子状物質の吸入では、気道と肺での沈着、粘液繊毛輸送系による排出、肺胞領域での生体防御機構による処理、肺間質への蓄積等についての、その物質固有の性質に関する情報が必要である。経皮吸収による発がん等の重大な毒性影響もしばしば発生しており、考慮すべき課題である。<br> 曝露期間からみると災害性の高濃度曝露から、数十年もの長い期間にわたる比較的低い濃度の曝露まで、幅広い曝露状況における毒性発現についての情報が求められる。<br> 毒性影響の種類、強さ等については包括的な情報が必要とされるが、吸入曝露による肺への局所的影響(炎症、繊維症、肺がん等)は産業衛生における特徴的な課題である。<br> リスク評価の基本ツールである曝露限界値は、産業衛生においては人の観察と動物実験による情報を基に設定してきたが、今後は後者への依存度が高くなると考えられる。その際に用いる不確実性係数の妥当な選択について、科学的根拠をより明確にすることは毒性学全体の課題である。特に産業衛生においては、労働者の健康をモニターすることを前提として、小さい不確実性係数を採用してきた経緯があるので、個人曝露の評価及び早期の毒性影響の検出を目的とする方法を確立することが常に求められている。<br> さらに将来に向けては、比較的低い濃度で長期の曝露における毒性とそのメカニズムを解明し、化学構造からの予測を目指すことが期待される。