著者
ヴィアール ブリュノ 永見 文雄 訳
出版者
中央大学人文科学研究所
雑誌
人文研紀要 (ISSN:02873877)
巻号頁・発行日
vol.81, pp.201-224, 2015-10-30

心理学者ルソーの豊かな革新の数々を示したい。ルソーは原罪を退け人間の自己愛を正当化したが,自己愛の対極にある自尊心をも重視した。自尊心とは他者の視線に対する気遣いだ。自尊心の危険を示したのはルソーが最初でなく,十七世紀のモラリストがルソーの先駆者である。人間には性的欲求・物質的欲求・承認の欲求の三つの基本的欲求があるが,ルソーには承認の欲求にほかならない自尊心の正方形が見られる。虚栄心が他者への軽蔑を生み,羞恥心が羨望を生む。傷ついた自尊心にはこの四つの顔が認められ,四者は緊密に結びついている。ルソーの自伝作品には虚栄心と軽蔑,羞恥心と羨望の組み合わせがしばしば見られる。ルソーの延長上にヘーゲル,ジラール,アドラー,サルトルを置くことができる。ルソーの作品にはホリスムと個人主義の両極端が同居している。ルソーが提供する精神分析の道具によって,ルソーの敗北がすなわちルソーの勝利であることがよくわかる。