著者
池上 あずさ
出版者
日本行動医学会
雑誌
行動医学研究 (ISSN:13416790)
巻号頁・発行日
vol.23, no.2, pp.58-62, 2018 (Released:2018-06-29)

閉塞性睡眠時無呼吸(以下OSA)とうつ病が同じ患者に並存することがある。PSG検査による解析では、OSAは 睡眠中の上気道の閉塞による無呼吸などの呼吸イベントから覚醒反応を生じたための睡眠構築不良(すなわち不眠)がその病態の本質であり、その結果、日中の眠気、倦怠感や集中力低下、認知機能の低下に加えてうつ症状も引き起こす。OSAとうつ病の合併については、ヨーロッパ五か国の延べ18980人の一般人口を対象とした調査でOSAの17.6%にうつ病がみられたとのOhayonらの報告をはじめとして、合併率が7~63%と幅が広い。これは、OSAに対する合併をDSM-Ⅳに基づいたうつ病の診断ではなく、うつの重症度を見る問診票で評価したものなどであったためと考えられた。しかし、ランダムに選択された個人の長期的な2つの大規模疫学研究ではどちらも年齢、BMI、アルコールや血圧、心血管疾患などの交絡因子を検討したうえでOSAのうつ病発症の調整オッズ比を、Peppardらは1.8倍、Chenらは2.18倍と報告しており、OSAとうつ病発症の間の密接な関係を示唆している。OSAとうつ病の重症度については、8論文で直接の関連性を肯定し、9論文は否定していた。しかし、眠気とうつ病の重症度、さらには低酸素血症とうつ病の重症度については関連性を認めていた。橋爪らは、OSAにうつ病を合併している患者8名に対してCPAP療法によるうつ病の治療効果を検討し、Beck Depression Inventry(BDI)とHamilton Depression Scale( HDS)両方のうつ症状のスケールで改善したと報告した。自験例であるが、他院でうつ病として治療中に当院を紹介され、PSGにてOSAと診断された20名(男性12名、女性8名)についてOSA治療後の経過を追跡した。OSA診断前には、全例抗うつ剤や抗不安薬あるいは睡眠導入剤を投与されていた。20例中14名にCPAP療法を導入し、継続できた12例中7例においてうつ症状と不眠の改善により服用中の薬物を減量ないしは中止することができた。口腔内歯科装置で治療された2例中1例は同様に不眠が改善した。一方、中長時間作用型のベンゾジアゼピン(以下BZ)系睡眠導入剤多剤服用例においては、無呼吸低呼吸指数(AHI)と覚醒反応指数(ArI)の間に大きな乖離があり、無呼吸・低呼吸時に覚醒反応を認めない症例も散見された。OSAのうつ症状発現のメカニズムは複雑であり、今後の研究成果が期待されるが、遺伝的要因、肥満と心血管危険因子を背景に頻回な覚醒反応を伴う睡眠の分断化、間欠的低酸素血症とそれによる炎症性サイトカイン、睡眠・覚醒機構に影響するセロトニンやノルアドレナリン、γ―アミノ酪酸(GABA)などの阻害性及び興奮性神経伝達物質が潜在的に関与し、眠気のレベルや本人の病前性格、社会的なストレスなどが複合的に合わさって形成されると考えられる。従って、CPAPを使用しても昼間の眠気が強いOSA患者は、うつ病の合併を考慮すべきであろう。うつ病患者の場合、抗うつ剤の影響で肥満となり、OSAを悪化させる一方で不眠に対して使用したBZ系薬剤によりOSAがマスクされるという状況も考えられる。つまり、治療に反応しないうつ病においては、OSA合併を常に念頭に置く必要がある。OSAとうつ病は、両者がそれぞれに対して潜在的危険因子になり得ると考えられる。