著者
竹村 明日香 宇野 和 池田 來未
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.14, no.4, pp.48-64, 2018-12-01 (Released:2019-06-01)
参考文献数
28

室町後期から江戸期にかけて作られた謡伝書にはしばしば五十音図が掲載されており,行段それぞれに謡曲独自の発音注記が付されている。本稿ではそれらの発音注記を精査し,おおよそ二系統に大別できることを明らかにした。一つは悉曇学の影響が強い系統で,行を「口喉舌唇」,段を「上音/中音/下音」の対立で捉えるものである。もう一つは,室町後期以降に権威のあった『塵芥抄』系伝書の系統であり,行を「喉舌歯腮鼻唇」,段を「ひらく/ほそむ/すぼむ」の対立で捉えるものである。『塵芥抄』系伝書の五十音図とその発音注記は,近世の謡伝書や学問書には直接引用されていないものの,処々にその影響を窺わせる記述が見られる。タ行の調音に「腮」を用いて説明している点等は『蜆縮涼鼓集』の記述とも共通しており,近世期における日本語音の把握には,『塵芥抄』系伝書の影響が少なからずあったと考えられる。