著者
池田 静香
出版者
長崎市遠藤周作文学館
雑誌
奨励研究
巻号頁・発行日
2010

申請者は、主に遠藤周作が作家を志したフランス留学(昭25~28年)から『沈黙』(新潮社昭41年3月)上梓までの間に、彼が中心的な執筆意図として抱えていた「「戦中派」の戦後の生き方」という問題に考察の焦点を定め、国立国会図書館・日本近代文学館等を利用し、昭和20年~昭和30年代までの遠藤の著作を出来る限り収集することに努めた。その調査の中で、遠藤がフランス留学中に興味関心を示し帰国後はサド論を書きたいとまで考えながらその生涯のなかでもかなわなかった「サド」への興味・理解にのなかに、遠藤が戦中派として体験した第二次世界大戦を乗り越える可能性を示し、またその思想と格闘していることが具体的にわかった(「遠藤周作にとっての「悪」-昭和30年代までの戦争への態度とサド理解を中心に」(「遠藤周作研究」第3号に発表)。また一方で、遠藤の著作のなかで「第二次世界大戦」を扱ったものを収集、整理することに努めた。その成果として、フランス留学中の「フォンスの井戸体験(注、第二次世界大戦下で行われた同胞虐殺事件のあった井戸)」を元にした『青い小さな葡萄』(「文学界」昭30年1~6月号)だけでなく、遠藤が文学的回心をするきっかけとなり加えて『沈黙』を書くための母体ともなったと言われている生死の境をさまよった大患(昭35~38年)を中心的な素材とした『満潮の時刻』(「潮」昭40年1~12月号)にも、作家が「第二次世界大戦を戦後文学としてどう描くのか」という流れのなかで『沈黙』へと筆を進めていったであろう軌跡を見出し、その変遷を朧ながら明らかにした(「「呻き声」の彼方-『沈黙』への道」(「九大日文」第17号に発表(※印刷中))。一年間という限られた時間のなかでの作業ではあったが、遠藤周作という一人の作家が小説家としての出発期に抱えた「戦争をどう乗り越えるのか」という問題意識の変遷を詳らかにする土台を形成することに努めたことは、それがとても小さな第一歩だったとしても、今後遠藤文学研究に新たな視座を導入するきっかけとなるはずだと考える。