- 著者
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河波 昌
- 出版者
- 智山勧学会
- 雑誌
- 智山学報 (ISSN:02865661)
- 巻号頁・発行日
- vol.65, pp.1-14, 2016 (Released:2019-02-22)
- 参考文献数
- 22
仏教は智慧と慈悲との宗教である。両者は相互に不可分に交渉しながら知慧論は智慧論として、慈悲論は慈悲論として限りなく深められていった。
智慧論も釈尊の正覚の事実の上に展開せられてゆくことになり、それはやがて顕教における四智として、また密教における五智論として展開せられていった。四智とはいわゆる大円鏡智、平等性智、妙観察智、成所作智の四であり、密教における五智はこれら顕教の四智を統合する法界体性智を加えて智の体系を構成する。この五智は金剛界曼荼羅の立場において展開される。
大円鏡智は四智、五智を貫いてその根幹をなすものと考えられる。
大円鏡智を含めて四智等の成立は名義的ないし概念的にはインド大乗仏教史の展開においても比較的後期に成立した『仏地経』 Buddhabhūmisūtraにおいて初めて登場する。(玄奘訳『仏説仏地経』大正十六巻所収)。
一般に四智論は唯識思想の立場において論じられる場合が殆どであるが、四智論自体は恐らくそれとは無関係に、そして唯識関係に対しては先行する形で成立していたことが考えられる。『仏地経』には唯識思想の展開がまだ考えられず、むしろそれ自体として成立している。とはいえ瑜伽唯識を実践する人たちにとって、かかる提示された四智はそのまま実践の目標となってゆくのであり、それがやがていわゆる「転識得智論」(『成唯識論』等)として展開されてゆくことになる。
もちろん四智論等は唯識関係にとって重要であることはいうまでもないが、『仏地経』の展開にもみられるように四智論はむしろ、それ自体として独立に考えられるべきであろう。
本論は四智論、中でも「大円鏡智」自体をその生成、成立において考えようと試みるものである。その際、左のような成立の背景ないし展望が考えられる。本論はそれらを左記のような章において考えようと試みるものである。
第一章 釈尊における大円鏡智成立の原型
第二章 『仏地経』以前の先行経典における大円鏡智思想の展開
第三章 大円鏡智成立の風土論的背景
第四章 東西文化の出会いを背景として成立した無限円 (大円鏡智)
第五章 近代における大円鏡智論の展開ー山崎弁栄の場合
以下はその論考である。