著者
沼ロ 勝
出版者
文教大学
雑誌
文学部紀要 (ISSN:09145729)
巻号頁・発行日
vol.11, no.2, pp.371-367, 1998-01

陶淵明の「乞食」の詩は、従来、作者の実際の体験を記したものであるのか、あるいは何らかの寓意をこめたものであるのか、論が分かれてきた。私の考察によれば、「乞食」の題は『焦氏易林』の一首の繇辞を典拠とし、それは伍子胥の故事に基く。したがって、作者が詩中漢の韓信と漂母の故事になぞらえるのは、事がらの真実を韜晦せんがための擬装であると考えられる。作者が韜晦した真実とは、後の江州刺史劉柳との間に交わされた友情-作者が抱いた理想を劉柳が共感し、秘匿しつづげたこと-であった。この詩は、劉柳が義熙十一年(四一五)六月に没した後、その友情に感謝して作ったものであろう。劉柳との友情は、「飲酒」其十六、「詠貧士」其六に形象を変えて表現され、また、作者の理想は、「桃花源記」として結晶していると考えられる。