著者
渋谷 峻
出版者
電気通信大学
巻号頁・発行日
2019-03-25

本研究では,仮想物理世界で動作する機械式論理回路を改良し,安定して動作する「歩く論理回路」を実装した.また,論理回路が無数にある環境の中で,回路同士が自然に組み上がる様子を観測し,将来人工生命モデルとして利用できることを提案する. 既存の人工生命の研究では,コンピュータ上に仮想環境を構築し,その中で生命モデルを動作させる手法が取られている.環境を複雑に定義したり,生命モデルを動かす人工知能(AI)を実装することで,複雑なシミュレーションを可能にしている.しかしAI部分は仮想環境の外で予め定義されているため,想定されない環境になった際に適合することは期待できない.しかし生命はそのような進化を実現している.仮にAIそのものを仮想環境内で実装すれば,そのような環境の変化に対応できる人工生命モデルを構築出来る可能性がある. 一方で分子ロボティクスの分野では,分子を使って自己組織化や論理回路が作成されている.未来には体内に入る微細なロボットの実現が期待されるが,例えばDNAを使った反応は遅く複雑な回路を実装する上での問題点を議論するには実験環境が不十分である.仮想空間で実験出来れば,ロボット構築へ向けた技術的課題を先に検討出来る可能性がある. 「歩く論理回路」の先行研究では,仮想物理世界で機械的に動作する論理回路に足パーツを取り付けることで移動可能な回路を実装した.しかし,動作が不安定であり,センサー等の機能は実現出来ていなかった.本研究で実装した歩く回路は,NAND/AND の出力を持った二種類のゲートのみを複数個組み合わせることで,歩くだけでなくセンサー機能も実現している.障害物に衝突すると後退することが出来る.本研究の歩く回路は先行研究のものより安定しており200倍以上高速に動作する. また,磁石のように引き付け合う力を加えることで,環境内で自動的にリングオシレーターのような回路が組みあがることを観測した.今後大規模な環境で評価できれば,動き回るような回路が自然に出来上がり,環境内で進化する回路が生まれてくる可能性もある.本提案は,ほぼ同じ二種類のゲートのみで構成されているため,分子ロボティクスのように自己組織化してロボットを構築するという目的に有効であると考えられる.