著者
伊藤 毅 渡辺 剛弘
出版者
Japan Wetland Society
雑誌
湿地研究 (ISSN:21854238)
巻号頁・発行日
vol.10, pp.7-18, 2020 (Released:2020-08-10)
参考文献数
57

近年,過剰捕獲,人工孵化への過度な依存,産卵場所の減少により,サケの保全は危機的状況に置 かれている.サケは自然界の食物連鎖の中で湿原生態系を維持する役割を担うキーストーン種である 一方,人間社会においては,サケは生業としての漁業を成り立たせる重要な資源であり,両方の世界 の健全な将来のために必要不可欠な役割を担っている.本稿では,サケの保全に重要な役割を果たす 湿地に焦点を当て,特に,ラムサール条約で保護された日本最大の湿地である釧路湿原におけるサケ の自然産卵がいかに産業としてのサケ漁業と湿地の豊かな生態系の保全の両方に有用であるかを検証する.最初に,サケの自然産卵を通じた湿原生態系の保護が流域生態系にもたらすポジティブな影響を北米の事例を中心に取り上げ,次に,社会・生態システム分析を用いて,開発が進んだ明治から今日までの釧路地方の発展の歴史の中でサケと湿原を中心とした流域生態系がいかに変化してきたかを検証する.そこから明らかになったことは,林業,酪農,サケ増殖などの近代的産業が盛んになったため,人間社会とサケを中心とした流域環境の間で生態系サービスとスペースをめぐる競争が激しくなり,サケ捕獲のポイントは釧路川上流域から徐々に湿原の中心部そして河口域に移された結果,繊細かつ複雑に絡み合ったサケを中心とした流域生態系が崩れることになった.本稿は,人工孵化への過度な依存を見直し,自然産卵ができる環境とそれを促す社会システムを考えることで,釧路川流域の生態系の再生と地域社会の創生の両方につながることを提示する.