著者
富田 啓介
出版者
日本湿地学会
雑誌
湿地研究 (ISSN:21854238)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.51-58, 2021 (Released:2021-05-02)
参考文献数
23

湧水湿地が消滅した後も,湿地植物が土壌中にシードバンクを保持することを実生発芽法によって確認した.愛知県知多半島において,およそ 30-10 年前まで湧水湿地が存在し,湿性草原が成立していた場所 3 カ所と,湿性草原が現在も成立している湧水湿地 1 カ所の土壌を採取してまき出したところ,そのすべてから湿地植物が発芽した.湧水湿地の存在していた場所の土壌からは,トウカイコモウセンゴケ・イヌノハナヒゲ類・ミミカキグサ類・アリノトウグサが多数発芽したが,シラタマホシクサやヌマガヤのような主要な群落構成種を含む,過去に記録のある種の多くは発芽しなかった.現存する湧水湿地の土壌からも,地上部にみられた種の一部のみしか発芽しなかった.より詳細な調査が必要であるものの,湧水湿地に成立する湿性草原(鉱質土壌湿原)の構成種の一部は,地上植生の消滅後も長期間にわたり土壌シードバンクを形成するが,すべての種がそうではない可能性がある.
著者
浅野 涼太 増井 勝弘 大野 彦栄 大関 佑弥 三浦 弘毅
出版者
日本湿地学会
雑誌
湿地研究 (ISSN:21854238)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.89-96, 2022 (Released:2022-11-10)
参考文献数
40

ウシガエルは1918 年に食用を目的とした養殖のため持ち込まれたものである.1932 年からは海外への輸出がはじまり,当時の日本では重要な水産資源であったが1969 年にアメリカ合衆国に輸出されたウシガエルから農薬汚染が発覚し,アメリカ合衆国への輸出が停止となった.現在では在来生物を脅かす厄介者として駆除の対象となっている.我々は実際に鳥屋野潟で行われていたウシガエル漁の再現を試みた.
著者
KIM Seula
出版者
Japan Wetland Society
雑誌
湿地研究 (ISSN:21854238)
巻号頁・発行日
vol.10, pp.27-36, 2020 (Released:2020-08-10)
参考文献数
26

Large amounts of agricultural conversion remain the primary driver of wetland loss and degradation, especially in Asia. Meanwhile, a certain type of rice cultivation, along with sustainable farming practices, can deliver human-made wetlands that provide multiple ecosystem functions similar to those provided by natural wetlands. This study aims to determine which factors, and appropriate policy interventions, can improve both agroecosystems and wetland ecosystems such as to benefit both society and environment. The case in Korea showed insufficient development in relevant policy and uncooperative responses from some of stakeholders. Through the precedent in Japan, this study found that the case in Korea can overcome recent issues through the development of an agri-environmental scheme, collaborative effort from diverse stakeholders, and most of all, change of perception about human-made wetland. This work may contribute to delivering useful suggestions in social, economic, and environmental terms through expanding sustainable rice farming within human-made wetlands in Asia.
著者
野崎 健太郎 松本 嘉孝
出版者
日本湿地学会
雑誌
湿地研究 (ISSN:21854238)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.43-72, 2022 (Released:2022-11-10)
参考文献数
80

名古屋市千種区の近接する3 つの湧水と雨水を対象にして,2015 年から2017 年にかけて水質の季節変化を記載し,それらに及ぼす人間活動の影響を調べた.続いて,この調査結果を教材として用いて,小学校理科の教育実践を行った.湧水の起源となる雨水の水質は,pH 4.4~5.3,電気伝導度2 mS m-1,溶存無機態窒素濃度(DIN:dissolved inorganic nitrogen)470 μgN L-1 であった.湧水の水質は,人間活動の影響が無い金明水では, pH 5.1~5.5,電気伝導度2 mS m-1,DIN 13μgN L-1 であったが,都市部の本山ではpH 5.8~6.5,電気伝導度10 mS m-1,DIN 2000 μgN L-1,椙山小学校ではpH 6.3~9.5,電気伝導度24 mS m-1,DIN 5000 μgN L-1 となり,都市中心部に近い湧水ほど,水質は弱酸性から中性および弱アルカリ性へと変化し,電気伝導度と溶存無機態窒素濃度が高い値を示した.したがって,都市部の人間活動は,湧水の水質を大きく改変していることが明らかになった.教育実践は,小学校第5 学年理科の河川の授業で行った.授業の主題は,「身近にある川のはじまり-椙山小学校から川がはじまる」とし,ねらいは,「1 川は斜面から湧出する湧水からはじまる」,「2 湧水の水質には人間活動が大きな影響を及ぼす」の2 点を設定した.授業には,地理院地図の3D 機能を用いた地形解析と,本格的な手法による亜硝酸態窒素(NO2--N)濃度の比色分析を組み込んだ.この教育実践で,生徒の印象に残った内容は,1 位が亜硝酸態窒素濃度の分析,2 位が湧水は川のはじまり,であった.これらの生徒の評価は,授業のねらい1 と2 に関係することから,湧水は理科教材として有用である可能性が示唆された.教材の質を高める今後の研究課題としては,都市部の湧水で高い濃度を示す溶存無機態窒素の起源解明,教育効果の測定,教科教育への位置付け,災害教育における教材化の4 点を挙げた.
著者
丸山 英樹 齋藤 有香 吉田 陽香
出版者
Japan Wetland Society
雑誌
湿地研究 (ISSN:21854238)
巻号頁・発行日
vol.10, pp.47-52, 2020 (Released:2020-08-10)
参考文献数
8

エストニア共和国は小さな国であるが,大きな湿地を持ち,持続可能な開発に関する市民活動も多い国の一つである.他方,日本の大学や非政府組織は海外スタディツアーを行ってきて久しい.近年は特に,持続可能な開発をテーマにしたスタディツアーが見られるようになった.本レポートでは,持続可能な開発のうち湿地に着目したエストニアへのスタディツアーについて紹介する.まずスタディツアーの概要について紹介した後,現地のリソースと日本側となる大学の単位付与についての組み合わせおよび工夫を記す.最後に,教育プログラムとしての湿地のワイズユースの可能性をラムサール条約における CEPA プログラムの枠組みから捉える.
著者
伊藤 毅 渡辺 剛弘
出版者
Japan Wetland Society
雑誌
湿地研究 (ISSN:21854238)
巻号頁・発行日
vol.10, pp.7-18, 2020 (Released:2020-08-10)
参考文献数
57

近年,過剰捕獲,人工孵化への過度な依存,産卵場所の減少により,サケの保全は危機的状況に置 かれている.サケは自然界の食物連鎖の中で湿原生態系を維持する役割を担うキーストーン種である 一方,人間社会においては,サケは生業としての漁業を成り立たせる重要な資源であり,両方の世界 の健全な将来のために必要不可欠な役割を担っている.本稿では,サケの保全に重要な役割を果たす 湿地に焦点を当て,特に,ラムサール条約で保護された日本最大の湿地である釧路湿原におけるサケ の自然産卵がいかに産業としてのサケ漁業と湿地の豊かな生態系の保全の両方に有用であるかを検証する.最初に,サケの自然産卵を通じた湿原生態系の保護が流域生態系にもたらすポジティブな影響を北米の事例を中心に取り上げ,次に,社会・生態システム分析を用いて,開発が進んだ明治から今日までの釧路地方の発展の歴史の中でサケと湿原を中心とした流域生態系がいかに変化してきたかを検証する.そこから明らかになったことは,林業,酪農,サケ増殖などの近代的産業が盛んになったため,人間社会とサケを中心とした流域環境の間で生態系サービスとスペースをめぐる競争が激しくなり,サケ捕獲のポイントは釧路川上流域から徐々に湿原の中心部そして河口域に移された結果,繊細かつ複雑に絡み合ったサケを中心とした流域生態系が崩れることになった.本稿は,人工孵化への過度な依存を見直し,自然産卵ができる環境とそれを促す社会システムを考えることで,釧路川流域の生態系の再生と地域社会の創生の両方につながることを提示する.
著者
金 炫禛 伊勢 紀 増澤 直 福田 正浩 小川 博 安藤 元一
出版者
日本湿地学会
雑誌
湿地研究 (ISSN:21854238)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.17-27, 2019 (Released:2019-06-21)
参考文献数
49

希少動物の保全計画を策定するには広域における生息環境の情報が求められることから,地理情報システム(GIS)を用いて日本の環境におけるカワウソの生息可能性を探った.韓国におけるカワウソの痕跡に基づいた生息地情報をもとに日本の環境における本種の生息適地を類推することを目的に,韓国全域におけるポテンシャル・ハビタット・マップを作成した.日本においても広い範囲でカワウソの生息適地が抽出され,その環境は韓国のカワウソの糞がよく見つかる環境に似ていた.本研究の結果からは,日本にも韓国のカワウソの生息地と類似した環境があることが明らかになったため,日本における現在の環境でカワウソは生息できると考えられる.
著者
髙柳 春希
出版者
日本湿地学会
雑誌
湿地研究 (ISSN:21854238)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.177-181, 2018 (Released:2019-04-01)
参考文献数
17

スクミリンゴガイは国内外で問題視されている外来生物の一つである.スクミリンゴガイの防除策の一つとして,卵塊の掻き落とし作業が行われるが,卵塊の分布特性を理解せずして効率的な作業は望めない.そこで本研究では滋賀県野洲市の水路を対象に,スクミリンゴガイ卵塊の分布様式を調査した.調査の結果,卵塊は集中分布を示した.さらに卵塊は水路の水深が深くなるにつれ減少し,水路の幅が広くなるほど多くなることが判明した.これらの情報はスクミリンゴガイを駆除する上で重要な手がかりになると示唆された.
著者
山下 博美
出版者
日本湿地学会
雑誌
湿地研究 (ISSN:21854238)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.3-17, 2016

地域で構築される干潟再生案に対する言説理解の一端を担う為,本稿は有明海諫早湾干拓潮受け堤防排水門「開門」案を例に,2011 年に諫早市内及び近郊で行われたインタビューとテキスト調査の結果を紹介する.排水門開門のベネフィットに関しては,海洋環境改善,農業環境改善,観光業への弾み,過去の誤った意思決定の改め,自然共生を学びなおす機会の取得,住民間の争いの終結が言及された.一方リスクとしては,水害による「生命と財産」の喪失,農業用水喪失,農地塩害,漁業被害,現在の生態系破壊,改善に繋がるか分からない行為により発生する他のリスク享受,税金の無駄遣い,一部の人のための資金使用が挙げられた.一見まとまりなく見える要素も,干潟再生の賛成・反対に関わらず,5 つの核となる要素に整理するできることが分かった.それらは,①「再生行為の意義」,②「喪失の経験と不安」,③「公正さの担保」,④「未来への展望」,そして⑤「対立を超える言説(和解の言説)」であった.