著者
渡辺 崇子
出版者
北海道基督教学会
雑誌
基督教學 (ISSN:02871580)
巻号頁・発行日
no.45, pp.10-18, 2010

本研究では新渡戸稲造(一八六二-一九三三)が女子教育について初めて明言し、傾倒していったのが欧米留学時代(一八八四-一八九一)であることに着目し、この時期にどのように新渡戸の女子教育観が形成されていったのかを彼が当時寄稿していた『女学雑誌』(一八八五年七月二〇日創刊)、フレンズ派の刊行物、新渡戸の書簡を通して検討する。あわせて、同時期に女子教育の分野で活躍した津田梅子(一八六四-一九二九)の当時の言動もみながら二人の女子教育観の比較を試みる。