著者
渡部 和子
出版者
The Society for Psychoanalytical Study of English Language and Literature
雑誌
サイコアナリティカル英文学論叢 (ISSN:03866009)
巻号頁・発行日
vol.1998, no.19, pp.15-28,44, 1998

George Eliotの中期の小説The Mill on the Flossは、ヒロインMaggieTulliverの成長を描いたBildungsromanで、全7巻から成っている. そのうち第1巻と第2巻はMaggieの9歳から13歳までの少女時代を扱っているが、興味深いことに、"Boy and Girl"と題される第1巻と、TomのStelling牧師宅での学校時代を背景にした"School-Time"第2巻とでは、Maggieの描写に明らかな違いがある. 第1巻に登場するMaggieははつらつとしているがあたり構わず衝動的でさえあり、母Mrs. Tulliverを嘆かせるエピソードに事欠かない."friendly pony" (34) にも例えられる彼女のinnocentな時代と言ってよいであろう. しかし第2巻のMaggieはこれとはずいぶん趣を異にしている. 母親のしてくれるカールを受け付けず、おさまりのつかないのが特徴だった彼女の黒髪が、結い方が変わり耳の後へなめらかに櫛けずられるようになった (128). それなりにおさまりがつくようになったのである. そして程なく、生まれて初めて父親以外に彼女の黒い目を評価してくれる異性に出会う. その人Philip Wakemに対して、"Should you like meto kiss you, as I do Tom?" (161) と尋ねるMaggieの方は、無邪気な、兄に対する妹の感情であったかも知れないが、これは紛れもなき淡い初恋の情景の一頁と言えよう. このように、成長のしるしというには気になる変化が語られるのである. 一方でMaggieは子供時代の名残を色濃く残してもいる. 例えば、自分の賢さを認めてもらいたいばかりのMaggieは、かつて父の裁判上の相談相手Riley氏に対してしたようにStelling牧師を相手に、恐れも見せずしやべりまくる. しかし、第1巻と異なって「ジプジーのところへ家出した女の子」の話を持ち出されると、急に黙り込んでしまうのである (131).<BR>この話、Maggieがジプジー部落へ家出した事件は、第1巻の終わり近く、第11章で語られる. そして厳密には、この事件を境に、これまで述べたようなMaggieの変化が表れるのである. ということはこの事件が本質的にMaggieの変化、つまり彼女の"aloss of innocence"に深く関わっているからではないだろうか. 本論では"Maggie Tries To Run Awayfrom Her Shadow"と題される第1巻第11章に焦点を当て、この出来事がMaggieの子供時代の精神史において果たした役割を考察してみることにする. その過程で、この章タイトルに含まれる「影」の意味も明らかにすることが出来るであろう.