著者
片岡 義晴
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.39, no.4, pp.297-317, 1993-12-31

本稿は, 高級茶とされる玉露の主産地構造の変容を, 福岡県黒木町の集落共同製茶を事例として, そこで顕在化している問題点の検討によって明らかにすることを目的とする. 1970年代後半以降, 茶価格が低迷する中で, これまで形成されてきた主産地は変容をせまられ, 茶生産農家の対応は分化し, 同時にこれまでの主産地化を一方で支えてきた共同製茶も変化せざるをえなくなっている. まず第1に, これまで玉露生産の基盤となってきた摘採労働力が不足し, 農家はせん茶生産に移行せざるをえなくなっている. しかしせん茶拡大にはある程度の面積規模が必要とされるが, 山間地に位置する同町では規模拡大が可能な農家と, 不可能な農家が生まれ, さらに茶価格の低迷によって農家経営は分化している. そのタイプは, 茶拡大型, 他作目移行型, 停滞型, 兼業依存強化型, 老齢化衰退型に分類できる. 第2に, こうした分化が, せん茶生産移行と機械摘採の一般化, 茶樹品種の統一化などとあいまって, 加工期間の短期化と大量化をもたらし, これまで玉露加工を前提とした共同製茶工場設備との矛盾を生み, 分化しつつある農家間の利害対立は激化している. こうした中で小規模農家の一部は農業部門維持をあきらめ共同製茶から脱退し, また茶拡大農家の一部も生産拡大をより確実にするため, 集落の農家により構成される共同製茶から脱退し, 従来の集落共同製茶は分解していった. 第3に, しかし加工労働力不足とその高齢化によって, 残存農家による共同製茶維持も困難になりつつある. とはいえ, 茶拡大型農家にとっても茶専業で農業経営可能な面積規模はなく, 大半の農家にとっては, 共同製茶工場は農家経営上欠くことのできない存在である. こうした分化した農家が共同製茶を必要とすればするほど, 共同製茶工場の矛盾はそれだけ大きくならざるをえなくなっている.