著者
牧野 良成
出版者
日本女性学研究会
雑誌
女性学年報 (ISSN:03895203)
巻号頁・発行日
vol.41, pp.41-62, 2020 (Released:2020-12-19)
参考文献数
57

フェミニズムの歴史が語られるとき、〈波wave〉という概念に頼った区分の方法がしばしば用いられる。典型的には、1960年代なかばから70年代初頭にかけて運動が高まりをみせた時期が、19世紀なかばから20世紀初頭にかけての〈第一波〉に次ぐ〈第二波second wave〉と捉えられる。遅くとも1960年代アメリカにさかのぼるこうした用法については、〈第三波〉なる自称が現われた90年代以降の英語圏では、批判的な検討が始まっている。同時代の運動の昂揚とともに運動史への関心もまた高まる現在、日本語圏においても〈波〉概念が帯びる文脈性を踏まえたうえで歴史記述の方向性を探る必要は増していると思われる。そこで本稿では、1970年代以降のフェミニズムの歴史が語られるとき、日本語圏では〈波〉という区分がいかにして用いられてきたかを検証する。注目すべきは、70年代にはアメリカなど諸外国の動向を紹介する文脈で用いられていた〈波〉概念が、80年代なかばには日本語圏の動向をも指し示すものへと転じたことである。ここからは、女性学‐フェミニズムの観点を打ち立てるべく奮闘した者たちが、地域や争点を異にする同時代の運動や先行する運動をにらみながら選び取った、自己呈示と戦略とでも言うべきものが読み取れる。
著者
牧野 良成
出版者
日本女性学研究会
雑誌
女性学年報 (ISSN:03895203)
巻号頁・発行日
vol.43, pp.25-52, 2022-12-16 (Released:2022-12-16)
参考文献数
57

本稿は、反資本主義のフェミニズムという立場からフェミニスト・ストライキを呼びかけたマニフェスト的著作『99%のためのフェミニズム宣言』(F99)を連帯論として読み解き、今日の情況のなかでも特にネオリベラリズムとポピュリズムというふたつの趨勢に対抗し得るような連帯のありかたを構想するための指針を引き出そうとするものである。F99には、社会的再生産論という切り口を設定することで、資本主義の危機や階級闘争にかんする旧来的な理解を拡張的に更新し、すでに存在する反セクシズム・反レイシズム・エコロジーをめぐる闘いなどとともに圧倒的大多数たる「99%」のグローバルな労働者階級の闘争として連合して、ヘゲモニーの獲得を目指そうとする側面がある。ただしその一方で、F99が採用する「1%」対「99%」というポピュリスト的枠組みには、真正な闘争の担い手としての〈私たち〉を立ちあげるために敵対すべき〈かれら〉を創出するという他者化の契機が組み込まれた、真正性の政治に陥る危険がある。しかしながら、F99が掲げるのが「99%のof the 99%」でなくあくまでも「99%のためのfor the 99%」フェミニズムだという点をフェミニスト連帯論の蓄積から評価してみると、F99は「99%」を自明視するというよりも実際の運動過程における共同作業を重んじることで、むしろ他者化の契機に明確に抗する構想を提示しているとみなせる。この反他者化という指針は、運動の動員局面における社会問題のモラル・パニック的な説明図式や、現在の活動との対比で過去の活動を単純化・象徴化するノスタルジアなど、今日の連帯をめぐる困難を批判的に乗り越える手がかりとなり得る。