著者
遠山 日出也
出版者
日本女性学研究会
雑誌
女性学年報 (ISSN:03895203)
巻号頁・発行日
vol.39, pp.21-39, 2018 (Released:2019-01-22)
参考文献数
14

本稿では、中国で2012年に活動を開始した「行動派フェミニスト」がおこなってきた公共交通機関における性暴力反対運動について考察した。その際、香港・台湾・日本との初歩的比較もおこなった。 中国における公共交通機関における性暴力反対運動も、実態調査をしたり、鉄道会社に対して痴漢反対のためのポスターの掲示や職員の研修を要求したりしたことは他国(地域)と同じである。ただし、中国の場合は、自らポスターを制作し、その掲示が断られると、全国各地で100人以上がポスターをアピールする活動を、しばしば1人だけでもおこなった。この活動は弾圧されたが、こうした果敢な活動によって成果を獲得したことが特徴である。 また、中国のフェミニストには女性専用車両に反対する傾向が非常に強く、この点は日本などと大きな差異があるように見える。しかし、各国/地域とも、世論や議会における質問の多くは女性専用車両に対して肯定的であり、議会では比較的保守的な政党がその設置を要求する場合が多いことは共通している。フェミニズム/女性団体の場合は、団体や時期による差異が大きいが、各国/地域とも、女性専用車両について懸念を示す一方で、全面否定はしてないことは共通している。中国のフェミニストに反対が強い原因は、政府当局がフェミニストの活動を弾圧する一方で、女性に対する「思いやり」として女性専用車両が導入されたことなどによる。
著者
矢野 裕子
出版者
日本女性学研究会
雑誌
女性学年報 (ISSN:03895203)
巻号頁・発行日
vol.39, pp.40-56, 2018 (Released:2019-01-22)
参考文献数
34

本稿では、マクロ社会の権力構造とミクロ組織の権力構造との比較を通して、同じ権力構造が発生していないかを検討する。ミクロ組織の中でも、自主的に組織する集団の組織構造に目を向け、マクロ社会の作るヒエラルキー構造とは違う組織構造になっていると自認してきたフェミニズム組織の一つである日本女性学研究会を題材として取り上げる。 分析方法は、目に見える権力は①組織構造に、目に見えない権力は②人間関係に現れるであろうことを仮定し、①組織構造と②人間関係の大きく二つに分けて該当する部分について、日本女性学研究会のニューズレター40年分と、運営のルールから抽出し、マクロ社会の権力構造と比較検討する。 その結果、第1に、代表がいなくとも、組織業務は明細化しているなど、マクロ社会の組織と同じ方法で組織を運営していること、第2に、組織選択をする運営会の会話の仕方において、ディシプリンの権力といえる「割り込み」や「沈黙」「支持作業の欠如」などに対しての議論がないこと、第3に、組織の意思決定の方法についての議論がないこと、個人の意志決定前提を操作できる「権威」に対してルール作りで対処しているが明らかになった。マクロ社会の権力構造がミクロ社会の権力構造の土壌になっているという見方に対して、ミクロ社会を作っている個々人がマクロ社会の権力構造をつくっているという見方もできると考察した。フェミニズムにおいて、組織を作る女性たち個々人が、協調して秩序を作り上げてしまうことに気づき、秩序を作る土台になる自己の権威主義や権力に迎合するイデオロギーに気付くことが、実践面で限界を乗り越えるための第1歩になるかもしれない。
著者
鬼頭 孝佳
出版者
日本女性学研究会
雑誌
女性学年報 (ISSN:03895203)
巻号頁・発行日
vol.40, pp.9-26, 2019 (Released:2019-12-20)
参考文献数
15

室町時代に成立した『新蔵人物語(しんくろうどものがたり)』という絵巻物語の登場人物「三君(さんのきみ)」がこの物語において、どのような性格を持っているかを再考する。前半では主たる先行研究である、木村朗(さえ)子の一連の研究の意義と問題点を「三君」の「アイデンティティ」問題に焦点を当てて批評する。木村の研究の意義は、木村が前近代をロマン化せず、近代批判に挑もうという「姿勢」や、現在の外在的な道具立てに着想を得つつも、文脈に即してテクストを読もうとする「方法論」にある。しかし、木村の諸研究はその「意図」とは裏腹に、外在的な道具立てが有する時代性に無自覚で、現代と過去との偏差や概念の再措定を疎(おろそ)かにし、その道具立てを安易に過去に投影・適用して事足れるとする面が否めない。また、セクシュアリティ論の領域が前景化されすぎ、ジェンダー論が後景に退いてしまうという危険にも陥っている。 後半では、三君の「アイデンティティ」問題やこの物語の結末の解釈を左右する「変成女子(へんじょうにょし)」というこの絵巻物語特有の用語に関する解釈問題について、現時点で判明している情報から考え得る、最も整合的な解釈仮説を提起する。その準備作業として、紙幅の都合上、仏教学の性差別論争で代表的且つ対照的な立場を標榜する研究である、フェミニスト仏教学の先駆者、源淳子と、必ずしもフェミニストに好意的ではない植木雅俊の「変成男子(へんじょうなんし)」論の2つを紹介する。また、もう1つの予備作業として、『新蔵人物語』に関するもう1つの主たる先行研究に当たる、阿部泰郎(やすろう)の編著で「変成女子」の解釈問題がどのように解決されているかを概観し、どのような問題が残っているかを確認する。最後に、私は以上の検討を足掛かりに、江口啓子以外、どの論者も見落としている「物語読者層の願望」という観点から「変成女子」を再考する。すなわち、作者/読者として想定されている宮中の女性たち(もしくはその心理を理解し得た男性)が父権制の下に抑圧された自らの自由を空想的に回復する営為として「変成女子」を捉えることによって初めて、物語世界において物語の表向きの筋立てからはハッピーエンドを標榜する「変成女子」を、自分は「変成」などしなくても男として往生できるはずだったのに、尼にさせられたせいで、女に「変成」する羽目になってしまったと、「三君」が自嘲的に語る秘教的な文脈としても読み返すことが可能になるのではないか、というのが私の提起した仮説である。
著者
遠山 日出也
出版者
日本女性学研究会
雑誌
女性学年報 (ISSN:03895203)
巻号頁・発行日
vol.39, pp.21-39, 2018

本稿では、中国で2012年に活動を開始した「行動派フェミニスト」がおこなってきた公共交通機関における性暴力反対運動について考察した。その際、香港・台湾・日本との初歩的比較もおこなった。<br> 中国における公共交通機関における性暴力反対運動も、実態調査をしたり、鉄道会社に対して痴漢反対のためのポスターの掲示や職員の研修を要求したりしたことは他国(地域)と同じである。ただし、中国の場合は、自らポスターを制作し、その掲示が断られると、全国各地で100人以上がポスターをアピールする活動を、しばしば1人だけでもおこなった。この活動は弾圧されたが、こうした果敢な活動によって成果を獲得したことが特徴である。<br> また、中国のフェミニストには女性専用車両に反対する傾向が非常に強く、この点は日本などと大きな差異があるように見える。しかし、各国/地域とも、世論や議会における質問の多くは女性専用車両に対して肯定的であり、議会では比較的保守的な政党がその設置を要求する場合が多いことは共通している。フェミニズム/女性団体の場合は、団体や時期による差異が大きいが、各国/地域とも、女性専用車両について懸念を示す一方で、全面否定はしてないことは共通している。中国のフェミニストに反対が強い原因は、政府当局がフェミニストの活動を弾圧する一方で、女性に対する「思いやり」として女性専用車両が導入されたことなどによる。