著者
山下 久実 細井 匠 武田 秀和 牧野 英一郎 玉木 裕子 石山 大介
出版者
JAPANESE PHYSICAL THERAPY ASSOCIATION
雑誌
日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
vol.2004, pp.B0904-B0904, 2005

【目的】 わが国の精神科医療機関では,数ヵ月の入院を繰り返す短期入院者と,10年を超える長期入院者との二極化が進んでおり,高齢化に伴う様々な問題が指摘されている.現在,精神病院に勤める理学療法士(以下,PT)は,PT総数の0.5%以下と非常に少ない.そこで,わが国の精神科医療機関における運動プログラム(以下,運動)の実態把握を目的にアンケートを行った.この結果,他施設の詳細な内容を教えてほしいとの要望が多く寄せられ,再調査を行った.今回,再調査の結果と精神科における理学療法士介入について報告する.<BR>【方法】先行調査で回答のあった228施設の中から,30施設に再度依頼し,運動の詳細な実施状況(対象,プログラム内容,工夫点,問題点他)を回答していただいた.対象者は,A:高齢者グループ,B:活動レベルの異なるグループ,C:積極的に実施できるグループ,D:活動性や意欲の低下しているグループの4つに分けた. <BR>【結果及び考察】今回のアンケート回収率は56%であった.<BR>回答者はほぼ作業療法士(以下,OT)で,PT1施設,レク指導員1施設であった.運動の対象は,B:活動レベルの異なるグループが31%と最も多く,次いでC27%,A18%,D9%となっており時間や曜日を決めて実施している.運動頻度は週に1回が57%と最も多く,週3~5日の実施は18%と少ない.1グループの参加数は10~40名と多い.内容をグループ別に見ると,Aはレクリエーションや散歩,Bは勝負性と活動性兼ねた球技,Cはソフトボールやテニス等のより活動性の高い球技と,自転車エルゴメ-タやトレッドミル等を使用,Dは風船バレー,ストレッチ,リズム体操,自転車エルゴメータ等その場から動かずに出来る活動を中心に実施している.<BR>運動を実施するうえで,対象者の活動度や症状,年齢,性別を考慮してルールを変更するなど,個別性が重要視されてきている.半面,個別対応の難しさに対する回答も多く,高齢化に伴う安全性や内容(運動種目)の問題が指摘された.<BR>【PTの介入について】精神科OTの基準では,2時間25人以内をOTRと助手の2名で算定可能であることから,集団活動が中心に行われる.例えば,対人関係や社会性へのアプローチを考えると,個別対応し難いことが分かる.この点,理学療法は個別,集団とも短時間で算定できること,運動はPTの主たる療法でありプログラムや目標設定の選択に幅がある等の介入のし易さが挙げられる.また,精神面に触れずに身体面へのアプローチが可能であることや,閉鎖的な入院生活による廃用性症候群の予防にも効果があることが分かっている. PTが精神科に介入することは,精神症状や抗精神薬の作用副作用等について理解を深め,精神疾患患者の身体特性を明らかにし,精神科の運動プログラムを治療活動として,方法論や評価法を確立することにつながると考える.
著者
大賀 一郎 細井 匠 牧野 英一郎
出版者
JAPANESE PHYSICAL THERAPY ASSOCIATION
雑誌
日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
vol.2009, pp.E3O1202-E3O1202, 2010

【目的】近年,精神科病棟においても患者の高齢化が著しく,全国で約33万人の精神科病棟入院患者のうち42.2%が高齢者という状況である。当院でも入院患者の高齢化に伴い,転倒・転落事故がアクシデントの上位を占めるに至っているが,その原因として精神科病棟の環境にも一因があるのではないかと考えた。そこで,当院の精神科病棟の職員が病棟のどのような場所を危険度が高いと判断しているのかを把握するとともに,過去一年間に起きた実際の転倒・転落事故のデータと対照させることで,転倒事故の環境要因に対する意識啓蒙につなげることを目的に調査を行った。<BR><BR>【方法】調査1では職員の意識調査として,「精神科病棟における環境面での転倒危険度意識調査」を精神科病棟に勤務する60名の看護師および介護士を対象にアンケート調査を行った。アンケートでは病棟の見取り図を作成し,病室,廊下,トイレ,浴室,ナースステーションなど全箇所に番号を振り,それらの箇所について5件法で転倒危険度の評価を行ってもらった。調査方法はデルファイ法を用いた。この方法はアンケート方式で対象者全員に対して行った質問の回答分布(中央値,四分位範囲)を各対象者にフィードバックしながらアンケートを繰り返すことで全体意見の合意,集約を図るものである。アンケートでは他にも,転倒の危険度が高いと判定された場所について,その理由や改善方法などの自由意見を求めた。調査2ではアクシデントレポートと看護記録をもとにして平成20年8月から平成21年7月までの1年間に実際に起きた転倒・転落事故を調査し,リサーチした場所での実際の転倒件数を集計した。<BR><BR>【説明と同意】職員へのアンケート調査に際しては事前に調査目的と方法の説明を紙面にて行い,同意した職員を対象に調査を行った。転倒・転落事故の調査に関しては個人名が特定できないようプライバシーに配慮した。<BR><BR>【結果】調査1では,職員に対する環境面での転倒危険度意識調査としてアンケートを3回繰り返し,集計結果に変化がないか検討するために,1回目と2回目,2回目と3回目の間で,有意水準を5%未満としたWilcoxonの符号付順位検定を用いて検討した。その結果,全ての調査箇所において,職員の転倒危険度に対する評価に有意な変化は無く,四分位範囲は狭まったため,意見は集約されたと考え,3回目のアンケート結果を分析対象とした。職員の危険度評価は5件法によるもので順序尺度であるが,危険度評価をランキングするため間隔尺度とみなし,平均値を算出した。その結果,1位が浴室で4.81,2位が脱衣所で4.40,3位がトイレで4.14であった。また,自由意見の集計結果では「水・尿による床の濡れを原因とする転倒」を危惧する意見が突出して多かった。調査2の転倒調査では,174件の転倒・転落事故を分類した結果,1位が病室で57件,2位がホールで32件,3位が廊下で23件であった。<BR><BR>【考察】精神科病棟では水に執着する患者も多く,不安定な歩行でコップに入れた水を床にこぼしながら持ち歩く患者も見受けられる。トイレは尿による床の汚染ですぐに滑りやすい状態になってしまう。このような環境の中で,精神科病棟職員は床面の濡れを原因とする転倒には日常的に注意している。今回の調査の結果でも精神科病棟職員の危険度評価は浴室周辺やトイレなど水濡れを原因として転倒の可能性の高い場所を危険度が高いと認識している。しかし,それに対して実際の転倒調査では病室における転倒事故が一番多く,職員の危険度認識と実際の転倒・転落事故の発生場所が乖離している結果であった。これは,裏を返せば職員が危険を認識している浴室,脱衣所では職員も近くにおり,十分に注意が行き届いているために転倒事故を未然に防いでいるのではないか,とも考えられる。一方,病室内は常に職員が監視することは難しい場所である。しかし,今後は実際の転倒・転落事故の多くが病室内で発生しているという事実を認識することが必要だと考える。当院は元々高齢者対象の施設ではなく,精神科病棟の廊下に手すりが無い,トイレ入口に段差があるなど,環境面での転倒危険因子が存在する。また,病室によってはポータブルトイレが多く混み合っていたり,ベッド下に衣装ケースがあるために衣類を取り出すたびに床面近くまで屈みこむ動作を強いられる環境があり,これらの環境面における転倒危険因子を少しでも除去していくことが転倒・転落事故の減少に結びつくと考える。<BR><BR>【理学療法学研究としての意義】環境面から見た転倒危険度を,職員の認識と実際の転倒・転落事故の調査結果を対照させることで,職員の意識の盲点となっている転倒危険箇所を抽出し,それに対して環境面での転倒危険因子を除去するとともに,職員の意識啓蒙に繋げることで転倒・転落事故を減少することが出来ると考える。