著者
牧野 静
出版者
日本宗教学会
雑誌
宗教研究 (ISSN:03873293)
巻号頁・発行日
vol.94, no.3, pp.75-97, 2020 (Released:2021-03-30)

本論文は、宮沢賢治(一八九六―一九三三)が、妹トシ(一八九八―一九二二)の死に際して、国柱会の典礼をまとめた『妙行正軌』に従って追善を行おうとしたという見通しのもと、考察を行う。賢治はトシの通夜と葬儀に参列していない。これは『妙行正軌』が異教他宗の儀礼への参加を禁じていたためであり、賢治が国柱会会員としてのアイデンティティを強く保持していたことの証左である。次に、賢治がトシの死以前から『日蓮聖人御遺文』を手掛かりに法華経による死者の追善を主題とした創作を行おうとしていたことを確認した。そうして、賢治が『日蓮聖人御遺文』中の転生観に影響を受けつつ、トシの死後の行方を主題とする創作を行うも、トシの行方に確証が持てない過程を概観した。そののち、妹の死を経た兄が「すべてのいきもののほんたうの幸福」を追い求めるべきだとする物語である〔手紙四〕を配ったことも、『妙行正軌』の定める「教書」としての追善を意図したものだったと検証した。