- 著者
-
犬童 康弘
- 出版者
- 一般社団法人 日本小児神経学会
- 雑誌
- 脳と発達 (ISSN:00290831)
- 巻号頁・発行日
- vol.47, no.3, pp.173-180, 2015 (Released:2015-11-20)
- 参考文献数
- 25
神経成長因子 (nerve growth factor ; NGF) は, ニューロンの生存・維持にはたらく神経栄養因子のひとつである. 先天性無痛無汗症 (congenital insensitivity to pain with anhidrosis ; CIPA) の原因は, チロシンキナーゼ型神経成長因子受容体遺伝子NTRK1の機能喪失性変異である. この結果, 患者ではNGF依存性一次求心性ニューロンと交感神経節後ニューロンが欠損する. NGF依存性一次求心性ニューロンは, 温覚・痛覚だけでなく種々の刺激に反応するポリモーダル受容器で, 身体の内部で起こる変化をモニターする内感覚 (interoception) に必要不可欠な役割をはたす. また, アレルギー性炎症を含む種々の炎症にも関与する. さらに, 交感神経節後ニューロンとともに, 脳・免疫・内分泌系との相互作用を介して, 恒常性維持や情動反応にも関与する. 痛みは情動と密接に関連し, 情動は交感神経の活動による身体反応を伴うことが特徴である. 私たちが日常的に抱いているネガティブな印象に反して, 情動はヒトの意思決定や理性的な判断に大きな役割をはたすという「ソマティック・マーカー仮説」が, Damasioにより提唱されている. この仮説によると情動が起こるためには, まず脳と身体の相互作用が起こることが必要である. 本論文では, CIPAの病態をもとにNGF依存性ニューロンが恒常性維持と情動反応の神経ネットワークを形成すること, またこの神経ネットワークが脳と身体の相互作用に必須な役割をはたしていることを紹介する.