著者
猪熊 恵子
出版者
国立大学法人 東京医科歯科大学教養部
雑誌
東京医科歯科大学教養部研究紀要 (ISSN:03863492)
巻号頁・発行日
vol.2023, no.53, pp.1-14, 2023 (Released:2023-03-24)

一般に、小説ジャンル誕生後ほどなくして書かれたリアリズム小説の多くは、「〈はじめ〉から〈なか〉を経て〈おわり〉に至る」という直線的時間軸に沿って展開するが、時代が下りモダニズム、ポストモダニズム小説が書かれるようになると、作品内の時間軸はより複雑で錯綜したものに置き換わる、と言われる。しかしこのような説明こそ、小説形態の時代に伴う変遷に直線的モデルを当てはめるものではないだろうか。本稿ではこの疑問から議論を起こし、小説黎明期の作品の多くが一本調子の時系列に対してきわめて自意識的な距離をとるものであることを明確にし、〈小説のはじまり〉がはらむ根源的な論理破綻に光を当てることを目指す。最終的に、あらゆる小説とは一見したリアリズム色の濃淡に関わらず、常にその〈はじまり〉において、「すでにあるはずのものに依存しなければ何もはじめられない」のに、「何かが今・ここではじまっているように信じたふりをしなければ何もはじめられない」という存在論的矛盾を抱え込むものであることを明らかにしたい。